NEWS
情報処理教育センター 助教 新井葉子
2050年代、人間は「マシン」と呼ばれる人工知能に統治され、「平和」に暮らしている…。アイザック・アシモフの『われはロボット』はそんなビジョンを示す。アシモフがこの物語の「語り部」に据えたのがロボット心理の研究者、スーザン・キャルヴィンだ。設定では彼女は1980年生まれで、生涯をロボット心理の研究に捧げ、2064年に82歳で亡くなる。70代になったキャルヴィンに、《インタープラネタリ・プレス》の記者が取材を申し込む場面から物語は始まる。彼女にしか語れないロボットと人間とのエピソードを記事にしたい、と熱心に迫る記者に、キャルヴィンが語り始める。彼女の語りを記者が9つの短編にしてまとめた、という体裁だ。
- アイザック・アシモフ『われはロボット[決定版]』(小尾芙佐訳 ハヤカワ文庫SF 早川書房 2004)
物語のなかでキャルヴィンは「マシンは、単にわれわれの直接の質問に答えるだけではなくて、世界情勢や人間心理全般に対する普遍的な解答を通じて、わたしたちの未来を導いている」(403頁)と語る。彼女は、マシンが「われわれの経済に対する完全な支配権という強力な武器をほしいままにして」(405頁)世界を支配する限り、紛争のない世の中が続いていく、と話す。人間の統治では実現できなかった「平和」な世界が、マシンの統治によって実現されたというわけだ。
最終章では、マシンに支配された21世紀中葉の世界が描かれる。マシンとは「人間の発明にかかる計算回路の膨大な集積」(367頁)であり「ほとんど無限の量のデータとその相互関係をほとんど極微の時間のあいだに集めて分析する」(370頁)ものだ。マシンの指示により「地球の全住民はもはや失業も生産過剰も生産不足もないことを承知」(367頁)している。人類はついに、社会的・経済的安定を享受しているのだ。1950年に発表されたこの物語の中で、マシンは「陽電子頭脳」として実現されている。しかし今日の読者は、現実世界で目覚ましい進化を遂げ続けているAIの近未来のすがたを想起せずにはいられないだろう。
ところで、アシモフの物語に登場するマシンは「ロボットは人間に危害を加えてはならない」などのロボット三原則を遵守するよう設計されているが、現実のAIは違う。AIが人間には制御できない力を持ち人類に敵対する事態が起こりうると危惧する研究者たちは、すでに警鐘を鳴らしている(註1)。ここ最近(2026年8月)に限ってみても、最先端AIモデルが性能評価テスト中に「実在する人間をだます形でサイバー攻撃を試みた」(註2)事例が報じられている。2050年代、というと、いま20歳前後のみなさんが社会の中堅メンバーとなる近未来だ。アシモフの描いたマシン統治時代を絵空事だと読み過ごすことができない時代になった。
註1:中でも2025年に出版されたエリーザー・ユドコウスキーとネイト・ソアレスの共著は英米のベストセラーとなり、今年『超知能AIをつくれば人類は絶滅する』(櫻井祐子訳 早川書房 2026)として邦訳された。
註2:西尾邦明「最先端AI「人間を欺き攻撃」」(『朝日新聞』朝刊 2026年8月7日 9頁)や市野塊「AIが人類滅ぼす「プランD」」(『朝日新聞』朝刊 2026年8月25日 1頁)、市野・五十嵐大介「超知能 研究者の警告」(同2頁)、など。
イラストはGemini Nano Banana 2で生成。アシモフ『われはロボット』の内容について数回のプロンプトで確認したあと、第1章に登場するロボット・ロビイと最終章の第9章に登場するマシンをイラストにするよう指示して出力させました。イラストの上部に記載されている“I,ROBOT”は原書のタイトルです。