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学部・研究科レポート

2026.08.24

大河ドラマ「豊臣兄弟!」ワンポイント解説・第32回

第32回では、天正10年(1582)12月に、秀吉が柴田方の近江長浜城攻略、織田信孝を降伏させたところから、翌11年4月21日に、いわゆる「賤ヶ岳合戦」に勝利して、近江北郡から柴田軍を敗走させたところまでが取り上げられていました。
ところでこの「賤ヶ岳合戦」という名称は当時のものではありません。賤ヶ岳は、秀吉方の砦が構築された場所の一つにすぎず、主戦場であったわけではありません。実際には小一郎の軍勢が在陣し、その指揮をとったのが、今回から登場した桑山重晴でした。
当時、秀吉はこの合戦については、「近江北郡合戦」「柴田合戦」などと呼んでいます。それが江戸時代のなかで、なぜか「賤ヶ岳合戦」と呼ばれ、そこで戦功をあげた秀吉の近臣衆を、「賤ヶ岳の七本鑓」などと称されるようになったのです。
今回の内容は、何よりもドラマ展開を優先させたものになっています。それは前田利家を秀吉に従わせることを描く、というものです。事前に秀吉が利家のもとを訪れたり、「賤ヶ岳合戦」のなかで利家が秀吉に従う、という内容になっています。いずれもドラマ上の創作です。
実際には利家は、合戦において羽柴軍と交戦していて、敗退後、越前府中城に後退し、翌日にそこで秀吉に降伏しています。ですがドラマでは、合戦時に従わせています。
またドラマ的な効果のため、季節感も改変されています。柴田方が近江に進軍したのは、旧暦3月のこと。現在の4月になります。劇中で利家の妻・まつは、「春になった」と言っていました。旧暦での春は、1月から3月にあたり、まつの言った「春」は、むしろ現在の季節感での表現になっています。
また合戦時に雪が降っていますが、現在の5月末ですので、それはありえません。しかしあえて降らせているのは、まつが雪が降っているのがよいという発言や、秀吉の天下人になるという発言を想起させるための仕掛けのためです。
それらのうえで、前田利家がどのような心境によって、秀吉に従うことになったのか、が描かれました。最後に柴田勝家との対決があるなど、ドラマとしては見応えのある内容になっていたと思います。
その一方、そうした内容に関わらない部分では、近年の研究成果も踏まえられていました。柴田方の佐久間盛政の行動について、以前の大河ドラマでは、勝家は攻撃したあと引き上げるよう指示していたのを、盛政が無視し、そのために美濃から引き返してきた秀吉に敗退することになった、という内容になっていましたが、それは江戸時代の創作です。
そのため今作では、盛政の前進にあわせて、勝家本軍も前進した、という実際の経緯を踏まえたかたちになっていました。
ドラマのなかで、どこが史実をもとにしているのか、あるいはどういう史実をもとに発想しているのか、対してどこがドラマでの創作なのか。ドラマをみているだけではその区別は難しいですね。実際の史実については、ぜひ関連書籍にあたって下さい。
  • 勝家の兜です。
  • 勝家の幟旗です。

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