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駿大経済30周年(その6)~「幸福のデザイン学」を求めて(前半)

2020/05/27その他

 経済経営学部の前身である経済学部が駿河台大学の第2の学部として開設されたのは1990年(平成2年)のことでした。それからちょうど30年がたちました。その節目を記念して、最初期の経済学部を知る卒業生・教員の皆さんが当時の思い出を語る新連載を企画しました。開設当初の駿大経済の様子を懐かしく、あるいは新鮮な思いで垣間見ていただければと思います。

 連載第6・7回目は、1990年(平成2年)4月から2016年(平成28年)3月まで26年間、経済学部に勤務していらした鎗田英三名誉教授にご登場いただきます。

「幸福のデザイン学」を求めて(前半)

駿河台大学名誉教授 鎗田やりた英三

「プラスα(アルファ)」の学部を
 三十年前、駿河台大学に経済学部(現在の経済経営学部)が生まれました。その創設にかかわった一人として、どういう特徴を持ち、どう発展してきたかを、ここに記すのは、学生・受験生の皆さんにもお役に立つのではないかと考え、筆を執りました。

 設立当時は、大学・学部の新設が相次ぐ時期でした。私たちは、「横並び」のどこにでもあるような学部を、また一つ「プラスワン」増やすのではなく、新しい内容の個性的で社会に貢献できる「プラスα」をつくるのを目指したのです。

 そして、この三十年間、真っ白なキャンパスに、今までにない、斬新で、多くの人びとを惹きつける絵を描いてきたつもりです。その結果は、教育界や社会から高い評価を得ることになりました。二〇〇四年には、「大学教育のオリンピック」と呼ばれていた文部科学省の現代GP(現代的教育ニーズ取り組み支援プログラム)に、経済学部が中心になった「学生参加による〈入間〉活性化プロジェクト」(いるプロ)が、599校の応募のなか採択された八九件に選ばれました。では、私たちが描いた絵のモチーフは、どのようなものだったのでしょうか。

学生を一人前の人間として
 日本の大学は、教授―准教授―講師―学生という職階に基づく権威的・身分的なピラミッド構造が幅を利かせ、パワハラが問題になったりしています。それは、大学が知識・技能の伝授を基にして成り立っており、それらが多い教授が一人前、准教授が半人前となっているからです。学生は教員から知識を伝授されるゼロ人前とみなされ、保護・監督される対象としてしか扱われていないのが実情でした。

 そこで、私たちは、そんな体質を否定・改善するところからとりかかりました。教授も講師も対等に自由にふるまえる雰囲気が定着していったのは、高名な経済学者で、前任の一橋大学のリベラルな土壌を持ち込まれた荒憲治郎初代学部長の薫陶によるところが大きかったと思います。学生に対しても、対等な関係で一人前の「人間」として接するようにつとめていったのです。そこでは、愛情と同時に、対等な関係から生まれてくる厳しさも求められていきます。ある先生は、学生にこう言っていました。「大学も大人同士の社会だ。私も生活をかけて教えている。だから君たちも大人の誠意をもって、真剣に授業を聞いてほしい。」
 
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オープンキャンパスで模擬授業をおこなう鎗田英三教授(2012.8.22撮影)

経世済民=「幸福のデザイン学」
 「経世済民」という言葉を知っていますか。「世の中をよく治め、人々を苦しみから救う」と辞書に書いてあります。「経済」という言葉は、この「経世済民」の「経」「済」をとってできた言葉です。つまり、経済学とはみんなが幸せになるにはどうしたらよいのかを考えていく「幸福のデザイン学」なのです。けっしてお金儲けの学問ではありません。

 現在私たちが暮らす社会は、地球の温暖化(気候変動)による環境問題、経済格差・貧困、高齢化問題などさまざまな社会経済的な問題を抱えています。それらの問題がなぜ起こるのか考え、そしてそれを解決するにはどうしたらよいのか処方箋を見出す、そういう力を養うのが、経済学・経営学なのです。


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