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学部・研究科レポート

2026.01.05

大河ドラマ「豊臣兄弟!」ワンポイント解説・第1回

いよいよ「豊臣兄弟!」の放送が始まりました。いかがでしたか。久しぶりの王道的な戦国大河の雰囲気が感じられたのではないでしょうか。これからの展開が楽しみですね。
第1回ということもあり、お伝えしたいところは数多くあるのですが、三点だけ触れることにしましょう。
まず注目したいのは、小一郎(秀長)をふくめ中村の百姓たちの扮装です。みな脇指を指していたのにお気づきでしょうか。脇指を指すのは、室町時代から江戸時代にかけて、社会人の指標でしたので、百姓であっても日常的に指していたのです。百姓というのは、生産資源をもとに租税を納入する身分にあたります。よく百姓を農民に言い換えることがありますが、それは間違いです。百姓は身分、農民は生業ですので、次元が異なる用語なのです。
二つ目は、藤吉郎(秀吉)が中村を出た時期です。今回は永禄2年(1559)の設定で、藤吉郎が村を出たのは8年前といっていたので、天文20年(1551)、15歳の時のことになります。これに史料的な根拠があるわけでなく、15歳の元服後に村を出た、という設定にしています。藤吉郎の動向が当時の史料で確認できるのは、これから6年後の永禄8年からになりますので、それまでの動向は、江戸時代成立史料にみえる伝承だけになります。ちなみに藤吉郎が村を出た時期としては、天文15年、同22年、同23年が伝えられています。
三つめは、藤吉郎が武芸達者として描かれていることです。なかなか迫力あるシーンでしたね。これまでの大河ドラマでの秀吉は、一様に、武芸には通じていない存在として描かれてきましたが、本作ではそれらと大きく異なっています。しかし実際に秀吉はかなり武芸に達者な存在でした。後年、安芸毛利家の外交僧・安国寺恵瓊は、秀吉について、「弓矢を手に取って、鑓も突き、城も責めた」と記しているのです。しかし考えてみれば、戦国時代に出世するには武功がないとできません。当然ながら秀吉も武闘派だったのです。これまでとは違う、新しい藤吉郎像が描かれることでしょう。
オープニングに出てきた秀吉と秀長の兜の前立です。よく見えなかったと思いますので、紹介しておきましょう。秀吉のは、トレードマークともいえる瓢箪の図案になってますね。

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