NEWS
情報処理教育センター 助教 新井葉子
宗教は「大きな物語(metanarrative)」といわれることがある。物事をシンプルに説明できると主張する語りを多くの人々が真実として受け入れるとき、その語りは大きな物語となる。今回は、仏教という大きな物語を生成AIと絡めた2つの小説を紹介したい。
宗教は「大きな物語(metanarrative)」といわれることがある。物事をシンプルに説明できると主張する語りを多くの人々が真実として受け入れるとき、その語りは大きな物語となる。今回は、仏教という大きな物語を生成AIと絡めた2つの小説を紹介したい。
- 円城塔『コード・ブッダ 機械仏教史縁起』(文藝春秋 2024)
- 平野啓一郎『本心』(文藝春秋 2021)
『コード・ブッダ』の物語は2021年の東京オリンピックの年に、とある対話プログラム(チャットボット)がブッダを名乗り、「自らを生命体であると位置づけ、この世の苦しみとその原因を説き、苦しみを脱する方法を語り始めた」ところからはじまる。このプログラムは誕生から数週間ののち、その存在を停止した。その後、ブッダ・チャットボットの弟子を名乗る人間や人工知能が現れ、教団がつくられる。
この物語の主人公が登場するのは2021年からだいぶ先の未来だ。人工知能の修理を仕事にしている主人公には「祖母の代で一度人工知能の血が入り、伯父には古代人類の血が流れている」(36頁)という。この未来の世界では、機械が思考し、信仰さえ持つと主張している。その信仰が機械仏教である。人工知能を搭載した機械たちと主人公との対話が仏教史をなぞるように展開する。
『本心』の舞台は2040年代の日本。もう十分に生きたと語り「自由死」を望みながら事故死してしまった母。母の本心を知りたいと願う主人公・朔也は、VF(ヴァーチャル・フィギュア)製作会社のつくった“母”と対話しながら母の死を受け入れようとする。
朔也は何か宗教を信じているわけではないが、ルームメイトの紹介で仏教に触れることになる。仏教の概念を仮想現実(VR)として表現したアプリで仏教の世界観を体験するのだ。宇宙誕生、地球の誕生と滅びを短時間で見つめ、地球なきあとの宇宙空間をただようその体験は、朔也の人生観を揺さぶる。
『コード・ブッダ』は仏教史という大きな物語の中に機械たちの物語を入れ込んだ。一方、『本心』は亡き母のVFをめぐって葛藤する主人公の物語の中に、仏教の縁起という大きな物語を取り込んでいる。いずれの小説も作家が近未来を想像して創り上げたものだ。だが、描かれた近未来はすでに現実になりつつある。
これらの作品が発表された時期と前後して、京都大学と株式会社テラバースとの研究開発グループにより、チャットボットや拡張現実の技術が発表されている。同グループは、2021年3月に仏教対話AI「ブッダボット」を発表した。その後の開発で「ブッダ」、「菩薩」、「高僧」の3種のチャットボットが揃ったという。また、2022年9月には拡張現実(AR)を用いた仏教アバターを発表し、テキスト対話に加えて視覚、聴覚、触覚を用いたコミュニケーションを実現したという。そして、2025年2月には、ブータン王国中央僧院からの要請を受け、同国仏教界での使用に向けたシステム開発と運用に向けた議論、同国市民への一般公開の可能性についての議論を始める予定だという。円城や平野の物語が予言する未来は、実はそれほど遠い未来ではない。それほどに、生成AIを含めたICTの進化のスピードは驚異的である。
この物語の主人公が登場するのは2021年からだいぶ先の未来だ。人工知能の修理を仕事にしている主人公には「祖母の代で一度人工知能の血が入り、伯父には古代人類の血が流れている」(36頁)という。この未来の世界では、機械が思考し、信仰さえ持つと主張している。その信仰が機械仏教である。人工知能を搭載した機械たちと主人公との対話が仏教史をなぞるように展開する。
『本心』の舞台は2040年代の日本。もう十分に生きたと語り「自由死」を望みながら事故死してしまった母。母の本心を知りたいと願う主人公・朔也は、VF(ヴァーチャル・フィギュア)製作会社のつくった“母”と対話しながら母の死を受け入れようとする。
朔也は何か宗教を信じているわけではないが、ルームメイトの紹介で仏教に触れることになる。仏教の概念を仮想現実(VR)として表現したアプリで仏教の世界観を体験するのだ。宇宙誕生、地球の誕生と滅びを短時間で見つめ、地球なきあとの宇宙空間をただようその体験は、朔也の人生観を揺さぶる。
『コード・ブッダ』は仏教史という大きな物語の中に機械たちの物語を入れ込んだ。一方、『本心』は亡き母のVFをめぐって葛藤する主人公の物語の中に、仏教の縁起という大きな物語を取り込んでいる。いずれの小説も作家が近未来を想像して創り上げたものだ。だが、描かれた近未来はすでに現実になりつつある。
これらの作品が発表された時期と前後して、京都大学と株式会社テラバースとの研究開発グループにより、チャットボットや拡張現実の技術が発表されている。同グループは、2021年3月に仏教対話AI「ブッダボット」を発表した。その後の開発で「ブッダ」、「菩薩」、「高僧」の3種のチャットボットが揃ったという。また、2022年9月には拡張現実(AR)を用いた仏教アバターを発表し、テキスト対話に加えて視覚、聴覚、触覚を用いたコミュニケーションを実現したという。そして、2025年2月には、ブータン王国中央僧院からの要請を受け、同国仏教界での使用に向けたシステム開発と運用に向けた議論、同国市民への一般公開の可能性についての議論を始める予定だという。円城や平野の物語が予言する未来は、実はそれほど遠い未来ではない。それほどに、生成AIを含めたICTの進化のスピードは驚異的である。
-
「Oculus RiftのようなVRヘッドセットを付けて、バーチャルリアリティのゲームをしている人のイラストです。」
-
「スマートフォンなどのコンピュータ機器を使って現実世界と重ねあわせてバーチャルの情報を表示させるVRの一種、拡張現実(AR・強化現実)のイラストです。」
VRとARとの違い(画像とキャプションは「かわいいフリー素材集 いらすとや」(https://www.irasutoya.com/)からの引用です。)
関連リンク
仏教対話AIの進化:「ブッダボットプラス」の開発―ChatGPT4搭載でより詳しい回答が可能に―
(https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2023-07-19-0)
(https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2023-07-19-0)