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2023年7月24日

情報処理教育センターだより(25)~物語とICT② 日本語入力のキーボード配列について~

 情報処理教育センター 助教 新井 葉子



 パソコンでの和文入力モードは「ローマ字」、「JISかな」、それとも「親指シフト」?

 角川アスキー共同研究所のアンケート調査(2015)では、約93%が「ローマ字」と回答した。本学の「コンピュータ・リテラシー」の授業ではローマ字入力の習得を促している。今月(2023年6月)、4年ぶりに実施しているタイピングコンテストも、数種類のメニューでタイピングの正確さと速さを競うが、基本はローマ字入力だ。

 周知のように、パソコンのキー配列はタイプライターに由来する。1984年からアメリカで放送され、日本でも1988年から放送された人気番組『ジェシカおばさんの事件簿』では、オープニング映像で主人公がタイプライターで推理小説を書くシーンが流れる。そこに映るキーの配列は「クワーティ(QWERTY)」配列だ。キーボード上段左端のキーが「Q」で、右へW、E、R、T、Yと続く。日本で普及しているキー配列でもある。

キーボードQWERTY.jpg

 近年で印象に残るタイプライター絡みの物語といえば、1950年代のフランスが舞台のコメディ映画「タイピスト!」(2012)だろう。両手の人差し指だけでの高速タイピングを得意とする主人公ローズは、保険代理店の秘書として条件付きで採用される。タイプライター早打ち大会で優勝する、という条件だ。栄冠を目指しローズの特訓が始まる。映画の中で、打鍵する手元がクローズアップされる場面がある。よく見ると、キー配列はクワーティ配列ではなく「アザーティ(AZERTY)」配列。フランスで主流のキー配列だ。

 同じアルファベット入力でも言語によって使用頻度の高い文字は異なるだろうから、キー配列の違いは当然にも思えるが、実は1970年代、国際標準化機構(ISO)が非英語圏にもクワーティ配列を推奨したことがあった。しかしフランス人はアザーティ配列を使い続けた。結局、キーボード配列が世界的に統一されることはなかった。では日本人がクワーティ配列で、いやそもそもアルファベットで日本語を入力している現状とはいかがなものか。

 調べてみると、日本でも独自のキーボードは使われていた。1972年に制定された「JISかなキーボード」は、かなや濁音記号などを4段48個のキーに配列したもので、1キーあたり1文字が基本。これに対し1980年発売の日本語ワープロOASYS(富士通)で採用された「親指シフトキーボード」では、かな50音を英文タイプライターと同様に3段30個のキーに配列。1キーに2文字が割り当てられ、文字の選択は親指の位置に配置された「シフトキー」との同時打鍵で実現。1文字の入力が1回の打鍵で済むため、ローマ字入力より打鍵数が少なく、また日本語で出現頻度の高い文字を打ちやすい位置に配置するなどの工夫で日本語の高速入力を可能にした。1980年代半ばに執筆活動にワープロを導入した高橋源一郎は、「日本語入力をするのに、親指シフトを用いたOASYSソフトは最強だった」と振り返る。ところが「富士通以外に親指シフトを採用するメーカーはなかった。それどころか、頼みの富士通さえ親指シフトを諦め、大勢となったローマ字入力に踏み切った」のだった。冒頭で紹介したアンケート調査では親指シフト派は2015年時点でわずか1.2%。今日ではさらに減少していると思われる。

 母国語を入力するキー配列にも自国らしさを貫いたフランスと、独自のキーボードを生み出したが結局はクワーティ配列に席巻されてしまった日本。キーボードから文化大国フランスの矜持と、異文化吸収に長けた日本文化の柔軟性がみえる、などととりあえずまとめてみるが、文化論としてさらに調べてみるのも面白そうである。



参考資料

◇書籍◇

  • ・高橋源一郎『還暦からの電脳事始』(毎日新聞社 2014)

◇DVD◇

  • ・レジス・ロワンサル監督『タイピスト!(原題Populaire)』(2012年制作 日本公開2013年)

◇ウェブサイト◇