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2023年7月24日

情報処理教育センターだより(24)~物語とICT①『スノウ・クラッシュ』とプログラミング言語~

情報処理教育センター 助教 新井葉子


 「『メタバース』の語を生んだ伝説のSF小説」とのうたい文句に惹かれ書店で手に取った文庫本は、昔、挫折した本だった。『スノウ・クラッシュ』(原書、和訳ともに単行本初版刊行は1992年)。実は、当時一度手に取るも物語の世界観に入り込めず読み通せなかった。 やり残した宿題を終わらせる気持ちで購入したところ、今回はすんなり読了できた。それはこの30年の間に私たちの日常生活が本書の世界に近づいたからだと思う。メタバース以外にも、オーバーヘッドディスプレイやアバターなど、物語の要素で現実になったものもある。中でも、最近遅ればせながらプログラミング言語・Scratch(スクラッチ)にはまっている私がとくに驚いたのは、ビジュアルプログラミング言語の普及を先取りした箇所だ。オンライン・コミュニティで子供たちが共同編集できるスクラッチが世に送り出されたのは2006年。それより14年も前に出版された本書に次の記述がある。


いまではメタヴァースのデスクの前にすわりながら、プログラムされたユニットを子供の積木のように組み合わせるだけで、コンピュータをプログラムすることが可能になっている。(下巻、213頁)

 調べてみると、最近ではメタバースに設定した自分のアバターでビジュアルプログラミングを行うイベントも行われている。『スノウ・クラッシュ』の先見性にはつくづく感心する。それにしても、「子供の積木」と訳された元の英語は何だろう。気になって原書に当たってみた。スクラッチとつながりのあるLego(レゴ)のことか、と思っていたのだが、予想に反し、作者がイメージしていたのはTinkerToy(ティンカートイ)だった。


 ティンカートイとは1913年に発売されたロングセラーのおもちゃだ。ネットで画像検索してみると、子どものころ、よく似たおもちゃで遊んだことを思い出した。自分の頭の中のアイデアを、ブロックを組み立てて形にすることは楽しかったし、それを誰かに見せて話ができることも嬉しかった。まだパソコンのない時代に遊んでいたおもちゃが、サイバースペースでのプログラミングとつながっていることにも気づかせてくれた読書体験だった。

 
    ・ニール・スティーヴンスン著『スノウ・クラッシュ〔新版〕』上・下 (日暮雅通訳 早川書房 2022)
    ・Neal Stephenson. Snow Crash (Penguin Books 1992)

ティンカートイのミニチュア版で遊ぶしゅんたくん

ティンカートイのミニチュア.png