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- 大河ドラマ「豊臣兄弟!」ワンポイント解説・第18回
学部・研究科レポート
駿河台大学法学部教授・黒田基樹
本学法学部の黒田基樹教授は、日本史の中でも戦国史について研究をしており、2026年1月から始まったNHK 大河ドラマ「豊臣兄弟!」の時代考証を担当しています。
時代考証とは、八津弘幸さんが書かれている脚本が出来上がるまでに、史実と脚本に違いがあるかないか、時代感が合っているかどうか、などチェックする仕事です。
第18回では、天正3年(1575)の話が取り上げられていました。前回の浅井家滅亡から2年が経過しています。その間に、秀吉は苗字を羽柴に改称、近江長浜領の「織田大名」になり、筑前守に任官、小一郎も羽柴苗字に改称していました。
事実の経過としては、実は前回取り上げられていた足利義昭追放の直後に、秀吉は羽柴苗字に改称していましたが、ドラマの流れのなかで取り上げられなかったので、今回のアバンで取り上げるかたちがとられています。
また浅井家滅亡後、秀吉は旧浅井家領国のうち北郡を領国として与えられますが、当初の本拠は小谷城で、翌年から長浜城の築城を開始し、完成して移転するのは天正3年8月以降のことになります。
アバンで、同年5月の長篠合戦に触れていましたので、ドラマ本編はその後から始まるかたちになっていますが、すでに長浜城に移転していました。長浜城築城とそれへの移転の話を取り上げる余裕がなかったから、ということです。
今回取り上げられた話は、ほとんどがドラマ上の創作です。藤堂高虎が小一郎の家臣になっていましたが、実際には翌年のこととみられています。そうではあっても今後の物語の展開のため、ここで家臣にしているのです。今回の内容は、ほとんどが今後の展開への布石、という性格になっています。
さて、オープニングクレジットで、弥助の名が「長尾弥兵衛」に、甚助の名が「副田甚兵衛」に変わっていたのに気がつかれたでしょうか。弥助はその後に通称を変えたと思われますが、判明していません。そのため甚兵衛にならって、「弥兵衛」と創作しました。
また台本検討の時点では、弥助の苗字は判明していませんでしたが、その後の研究の進展によって「長尾」であったことが判明しました。それをいち早く取り入れたものになっています。これは画期的といえるでしょう。
そして弥助と甚助は、秀吉が長浜城主になったことをうけて、明確にその家臣として存在するようになった、と設定のうえで、今回から、それぞれ苗字と官職名に因んだ通称に改称しています。史実とドラマ設定を巧みに組み合わせたかたちになっています。
前回に登場した、朝倉義景が殺された場所のセットと、義景の血のりです。セットの背景はバーチャルですが、雰囲気出てますね。血のりは実はシールでした。床を汚せないためだそうです。これは初めての試みということでした。画面をみただけではわからなかったですよね。