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- 大河ドラマ「豊臣兄弟!」ワンポイント解説第14回
学部・研究科レポート
駿河台大学法学部教授・黒田基樹
本学法学部の黒田基樹教授は、日本史の中でも戦国史について研究をしており、2026年1月から始まったNHK 大河ドラマ「豊臣兄弟!」の時代考証を担当しています。
時代考証とは、八津弘幸さんが書かれている脚本が出来上がるまでに、史実と脚本に違いがあるかないか、時代感が合っているかどうか、などチェックする仕事です。
第14回は、元亀元年(1570)4月の、いわゆる「金ケ崎の退き口」の話でした。これは4月26日に、近江浅井長政が足利義昭・織田信長方から離叛して、越前朝倉家に味方したため、幕府軍・信長軍は撤退した、というものです。晦日(30日)には、信長は京都に帰還しています。
その時に、秀吉が殿軍(しんがり)を務めたことが『信長公記』に記されています。今回の話は、これをもとに作られています。ただ殿軍は秀吉のみが務めたのではなく、幕府軍の明智光秀と池田勝正も務めていたことが、当時の史料から明らかになっています。ドラマのなかで、明智光秀が、自分も殿軍を命じられた、と発言していたのは、このことを踏まえたものになります。
ただ今回のドラマには、池田勝正は登場していません。その代わりになっているのが、和田惟政になるのでしょう。藤吉郎たちが京都の信長の宿所に到着したとき、信長は宴会を開いていましたが、そこに明智・和田も参席していました。しかし両者だけ、まだ具足姿でしたね。これは到着したばかりを表現しているとみられ、明智だけでなく、和田も殿軍を働いていた、という設定になっていたのでしょう。
藤吉郎たちは、最後に浅井長政と対面しますが、最初はそれまでと同じく「浅井様」と読んでいました。ところがその後、浅井が明確に敵対行動をとったあとに、小一郎は「浅井殿」と呼ぶようになっていました。
ドラマのなかで、相手をどう呼ぶのかは、台本検討において最も注意していることの一つです。「殿」は対等、「様」は完全な目上に対して、と相手との関係で呼び方を変えています。これからそのことに注意して視ていただくのも面白いかと思います。ただ検討でスルーしてしまうこともたまにありますので、それを見つけていただいた時は、検討し忘れだと、楽しんで下さい。
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今回は、上洛の時から使用されるようになった、信長の旗指物と陣幕を紹介しておきます。