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- 大河ドラマ「豊臣兄弟!」ワンポイント解説第11回
学部・研究科レポート
駿河台大学法学部教授・黒田基樹
本学法学部の黒田基樹教授は、日本史の中でも戦国史について研究をしており、2026年1月から始まったNHK 大河ドラマ「豊臣兄弟!」の時代考証を担当しています。
時代考証とは、八津弘幸さんが書かれている脚本が出来上がるまでに、史実と脚本に違いがあるかないか、時代感が合っているかどうか、などチェックする仕事です。
第11回は、永禄11年(1568)10月、上洛した織田信長が足利義昭を将軍位につけて帰国するところから、翌永禄12年1月の京都本圀寺の変までが取り上げられました。
この回における藤吉郎・小一郎の動向は、ほぼすべてフィクションです。本圀寺の変の際、小一郎は蜂須賀正勝・前野長泰(ドラマでは通説に従って「長康」にしていますが、正しくは「長泰」です)とともに本圀寺に滞在していましたが、実際には確認されません。ただ同時に、織田家臣で信長馬廻衆の織田左近・津田左馬允が滞在していたことが確認されるので、同じく信長の馬廻衆であった小一郎らが滞在していても不自然ではない、ということで設定されています。
また藤吉郎は、信長が帰国の際に、和泉堺から矢銭(軍事費)2万貫文(約20億円)の取り立てを命じられていました。実際に信長は堺に2万貫文の供出を命じますが、それは本圀寺の変において、堺が三好三人衆に味方したことに対しての処置でした。そのためドラマの内容は時系列をあえて変えていますし、それに藤吉郎が関わっているのも、すべて作劇上の都合になるものです。
今回の話は、むしろ、このあとの展開で大きな役割を果たしていく、足利義昭と松永久秀に注目するものになっていて、それと藤吉郎・小一郎を絡ませているところに眼目がある、といえます。
それと、市と浅井長政の関係が親密化していくことが取り上げられています。これもこのあとの展開の前提になる内容になっています。ちなみにドラマのなかで、浅井久政が市に「浅井家のおなごになったのだから」とか、長政が市に「人質とは思っていない」などの発言がありました。これはこれまでの大河ドラマの描き方を踏襲したものになります。
ただ実際には、政略結婚における女性は、婚家の人間になるのでも、ましてや実家から送られた人質でもなく、家来を数十人率いていた大使館のような存在でした。しかしこのことは研究の世界で認識されるようになっているにすぎず、まだまだ一般化してはいません。そのためそのような描写になっています。将来、政略結婚についての一般での認識が深化すれば、あらたな描写がなされていくことでしょう。
この回における藤吉郎・小一郎の動向は、ほぼすべてフィクションです。本圀寺の変の際、小一郎は蜂須賀正勝・前野長泰(ドラマでは通説に従って「長康」にしていますが、正しくは「長泰」です)とともに本圀寺に滞在していましたが、実際には確認されません。ただ同時に、織田家臣で信長馬廻衆の織田左近・津田左馬允が滞在していたことが確認されるので、同じく信長の馬廻衆であった小一郎らが滞在していても不自然ではない、ということで設定されています。
また藤吉郎は、信長が帰国の際に、和泉堺から矢銭(軍事費)2万貫文(約20億円)の取り立てを命じられていました。実際に信長は堺に2万貫文の供出を命じますが、それは本圀寺の変において、堺が三好三人衆に味方したことに対しての処置でした。そのためドラマの内容は時系列をあえて変えていますし、それに藤吉郎が関わっているのも、すべて作劇上の都合になるものです。
今回の話は、むしろ、このあとの展開で大きな役割を果たしていく、足利義昭と松永久秀に注目するものになっていて、それと藤吉郎・小一郎を絡ませているところに眼目がある、といえます。
それと、市と浅井長政の関係が親密化していくことが取り上げられています。これもこのあとの展開の前提になる内容になっています。ちなみにドラマのなかで、浅井久政が市に「浅井家のおなごになったのだから」とか、長政が市に「人質とは思っていない」などの発言がありました。これはこれまでの大河ドラマの描き方を踏襲したものになります。
ただ実際には、政略結婚における女性は、婚家の人間になるのでも、ましてや実家から送られた人質でもなく、家来を数十人率いていた大使館のような存在でした。しかしこのことは研究の世界で認識されるようになっているにすぎず、まだまだ一般化してはいません。そのためそのような描写になっています。将来、政略結婚についての一般での認識が深化すれば、あらたな描写がなされていくことでしょう。
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今回は織田家の旗指物をあげておきましょう -