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学部・研究科レポート

2026.03.16

大河ドラマ「豊臣兄弟!」ワンポイント解説・第10回

第10回は、永禄10年(1567)のお市と浅井長政の結婚から、同11年の信長の上洛までが取り上げられていました。
まず触れたいのは、お市の結婚です。お市の結婚時期についてはこれまでいくつかの説がみられていました。これまでの大河ドラマでは、すべてこれより以前の時期に設定されていました。
しかし私は、浅井長政と織田信長の政治交渉が開始されたのは、信長が美濃を経略した直後からであることをもとに、永禄10年と考えています。具体的な内容を知りたい方は、拙著『お市の方の生涯』(朝日新書)をお読み下さい。ドラマでは、この説をもとに、設定されました。
続いて足利義昭の上洛支援についての、ドラマと史実の違いについて触れておきましょう。ドラマでは、義昭が上洛支援を信長に要請したのは、永禄10年として設定していました。ところが実際には、永禄8年に義昭の兄・足利義輝が殺害された直後に、義昭(当時は一乗院覚慶)は、複数の大名に上洛支援を要請して、そのなかの一人に信長がいて、信長はそれに応じて、実際に上洛支援の準備をすすめていました。
それにともなって義昭の仲介により、美濃の一色義紀(いわゆる斎藤竜興)と和睦を成立させるまでしたのですが、信長は一色家攻略を優先して和睦を破棄、一色家との抗争を続けます。これにより信長は、世間での評判を落とします。そして永禄10年にようやく一色家を攻略したことで、義昭の上洛支援を本格的に開始するのですが、それはいわば汚名返上のためでした。
しかし永禄8年から義昭の件を持ち出すと、ドラマの流れとしては不具合が生じます。一色家(斎藤家)を滅ぼすまでは、その流れを優先させないと、視聴者にわかりにくくなるからです。ここが歴史ドラマの難しいところですね。実際の史実は、複雑に絡み合っているのですが、ドラマにする場合にはある程度、話の流れを単純にせざるをえないのです。
ですので実際の史実に興味を持たれた場合には、是非ともしっかりとした研究成果をもとにした書籍にあたっていただくことをおすすめします。
  • 岐阜城下を信長の軍勢が行軍していましたが、後ろの部分はバーチャルだったのです。おわかりだったでしょうか。
  • 城下の露店で売られていた乾物です。これ本物だそうです。こってますよね。

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