現代文化学部 法学部からのお知らせ

学生の皆さんへ──退職される先生方からのメッセージ──その2

2016/03/17 コラム

 卒業シーズンとなりました。
 3月は学生たちの卒業を迎えると同時に、退職される先生方とのお別れの時節でもあります。現代文化学部では、本年度をもちまして、3名の先生が退職されることになりました。廣野行雄先生(中国文学)、本間邦雄先生(フランス思想)、吉野瑞恵先生(日本古典文学)です。
 長年、本学の教育に熱心に取り組まれてきた先生方から、とても大切な、おそらく皆さんにとって最後のメッセージをいただきました。先生方の思いが、どうか皆さんに届きますように!

汽車とモバイル ―― 考えるヒント

現代文化学部 本間 邦雄教授

 今の世の中、どうなっているんだろう、と思うことはありませんか。

 どうも周囲はいろいろ動いているらしいが、世の中の動向、よくわからない。でも、それは当然です。動いている中では、周りもぼやけて見えるものです。

 ですが、時代の渦中にあるとよく見えないことも、50年、100年経つと、霧が晴れて輪郭が見えるケースもあります。今から100年前のことなら、私たちにもある程度、見えてきます。一種の歴史の遠近法です。

 そこで、100年前の例を見てみましょう。夏目漱石は、小説『草枕』(1906年)で、「汽車」を「二十世紀の文明を代表するもの」と言っています。今日では、蒸気機関車は、観光地などを走るSL列車として、むしろ牧歌的な、ノスタルジックなイメージを帯びます。ですが、当時は、多数の旅客・貨物を缶詰にして、遠方に車両でまっしぐらに運搬する文明の利器として出現していたのです。「あぶない、あぶない。気を付けねばあぶない」と主人公は思います。

 そこで、この漱石の文章をヒントに、こんなことも考えてみることができるのではないでしょうか。もし漱石がみなさんとともに今、生きていたら、"21世紀の文明を代表するもの"は、いったい何であると考えただろうか、と。
 
 以下のような比例式のかたちをとります。

  比例式  a : b = c : d
  (漱石の時代の文明の代表):(みなさんの時代の文明の代表) = (汽車) : (X)
 
 比例式は、比較して考える、ということでもあります。万能ではありませんが、考える手がかりになります。

 それでは、(X)には、何があてはまると考えられるでしょうか。いろいろ考えられると思いますが、漱石から100年後の、21世紀の最初の四半世紀ということなら、例えばケイタイ、スマホ、タブレットなどのモバイル端末は、この(X)に当てはまるのではないかと思われます。 

 このようにして、今日の時代を考察する手がかりとして過去の枠組み(漱石における「汽車」)を利用してみると、わからないなりに、以前よりもいろいろ整理できることがあります。今の例で言えば、モバイルの急速な普及は、今日の都市のなかで不断に移動する私たち同時代人の行動、所作を特徴づけるものとしてくっきりとその姿を現わします。

 正解の決まっている問題を解くのではなく、未知なものを考えること、現在や将来の物事について問題を設定してみることの一例です。これを足場にさらに探っていくことになるでしょう。これからのみなさんにはますます必要になる、考える方法の例として、紹介しました。

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