第三巻要約

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四月にもなると、右大将は動きにくい体を無理に何でもないようによそおっているが、権中納言は早く女姿にもどるように言い聞かせながら宇治に住めるように手配していた。右大将の方は「身軽な体一つなら吉野の宮のところへ行くのに」と考えていたが、「こんな姿でいるうちはこの人に言う通りに」と思い直して宇治に行く日を約束し、最後の挨拶に吉野の宮を訪ねた。

右大将は宮に自分は普通の場合より先の事が少々心細い身であると打ち明ける。宮は「ひどい結果にはならないでしょう」と言って、護身の祈祷をなどをした。さらに右大将は二人の姫にも涙ながらに別れを告げる。そうしている間にも右大将は両親にもう一目会いたいと思い、落ち着くことなく帰ることにした。宮は見抜いていることがあるので、念入りに護身の祈祷を行い薬を右大将に渡した。

右大将は世を捨てる覚悟をしていたことで四の君に対して一緒に過ごした年月のよい面だけを思い浮かべるようになっていて、今はただ愛しい気持ちがわくばかりであった。そこで右大将は四の君に権中納言との密事を知っているが、自分の愛情は変わらないと告げる。右大将が宣耀殿に出かけようとすると、姫君が後を追うそぶりをしたので、その可愛らしさに右大将は「もう会うことも無いだろう」と涙ぐんで姫君を抱いた。

宣耀殿に行き、右大将が「二人だけの兄弟なので、もし自分がいなくなった時の後の事が心配である」と尚侍に告げて涙ぐむと、尚侍も同じ気持ちでいたので、涙ぐんだ。そんな尚侍の美しい姿を見て右大将は、本来は自分がこうあるべきだったのと考える。一方で尚侍も自分こそ男姿でいなければならないのにと考えていた。二人はお互いに見交わして、その場を離れがたい思いにかられた。右大将が立った時尚侍は、右大将がいつに無い様子だったと胸がつぶれる思いで見送った。

権中納言と共に宇治へ発つ右大将には、まるで現実感がなく「これはいったいどうしてしまった我が身か」と気は滅入るばかりで、宇治の邸に着いても「引き返したい」という気持ちは募るままにその夜は暮れた。

翌日、のぞみの叶った気分で一杯の権中納言の方は、大将に本来の性である女としての格好をさせその美しさに狂喜している。一方の大将は悲しくで仕方がないが、本来あるべき姿であると思うと恥ずかしい気持ちになる。

その頃、京では右大将の失踪で大騒ぎになっていた。父左大臣は「変わった我が身だと思ったのだろうか、ここまできて然るべき理由なしで出家する筈もない、どうして見咎めてやれなかったのだろう」と悔いた。

右大将は、娘の四の君が沈み込み、妊娠の気配もあるため、夫である右大将の失踪を恨めしく思っていた。しかし、世間ではおかしな噂も流れ始めていた。というのは、四の君と権中納言の密通のことであり、生まれた姫君も権中納言の子である、という真実だ。右大将の失踪の原因はそれだろうと思っていた左大臣のもとに、不安を感じていた右大臣が訪ねた。右大臣の泣き言を聞く左大臣もこの件で普通ではなく、その噂の事を右大臣に伝えてしまう。それを聞いた右大臣は涙も止まり慌てて帰っていった。四の君をよく思わないある乳母が、こういう成り行きを耳にはさみ、四の君と権中納言の関係の詳細が書かれた、誰かに当てた風の手紙を右大臣の目に付きそうなところにわざと落とし、これにより四の君は勘当され、邸を追い出された。それを不憫に思った四の君の乳母は他に頼れる人はいない、と権中納言に手紙を綴った。

手紙を受け取った宇治の権中納言は、すっかり女姿が板に付いた女君(右大将)と相談し、気の毒である四の君の元へ「夜の間だけ」と言って向かった。

今にも息を引き取りそうな四の君に朝まで添い臥してやるが、別れて出て行く気にもなれないので、こっそりと人を呼び、安産のための祈祷を始めた。

大将の事にも気になる中納言は泣く泣く宇治へ帰る。

女君は権中納言の四の君に対する思いと、自分に対する愛情とが、一体どちらが深いのか疑わしく思われ、怒りを覚えるが、出産するまでは他に頼れる人もいないので心の中で問うに止めた。

督の君は、大将の身の上の辛さを思い黙って行かせてしまったことを後悔した。そして、男姿になって大将を探すことを決意し、探せなかったら、自分も深山にこもりそのままの姿で身を隠してしまおうと思う。

男姿で探しに行くことを母上にだけ告げ、狩衣に指貫の用意をし、長い髪をばさっと切って髻に整えた。その姿は大将そのもので、殿(左大臣)に大将として顔を見せてやったらどんなに喜ぶだろうと母上も乳母も慰められる思いだった。

それにしても尚侍(督の君)は、妊娠の様子のある春宮を見捨てるかのようにして出て行ってしまうのには心が痛み、互いがかけがえのない存在であることを確かめあう和歌を贈りあった。

武士を七・八人連れて出ていた尚侍であったが、側近のいつもと変わらぬ振る舞いで尚侍が消えたことに気が付くものは誰もいなかった。

男君は大将を探そうと出発したが行くあてがなく、乳母が「吉野の山の聖に通い、終の住処と約束されていたのでそこではないでしょうか」というので吉野を目指した。宇治川で、風情がある所を見つけて入っていくと簾が巻き上げてあり覗くと几帳の影に人がいた。見つめていると中の人も気配に気づき簾をさげてしまった。自分の姿を見て気がつくのではと進み出た。よく似た男君を見ると、大将と似ていると思うが奥に引きこもってしまった。その場を離れ「誰の住まいか」と尋ねさせ式部卿の宮の領地だと知ると面倒なことになると、姿を見たことを言葉にほのめかしもしなかった。

吉野の宮は男君を見ると驚き事情を聞くと七月の終わり頃には参るという約束を話し、きっと見つけだすことができると言うのであった。男君は予定の時期までここにいて連絡を待ち逗留することにし、両親にも告げ自分が都にいるよう装ってくれと頼んだ。

女君が臨月となり中納言は片時も離れようとせず無事に出産させたいと気を揉んでいたが、七月のはじめに男の子を出産した。女君は自分の手で世話をし片時も目を離さない。その様子に中納言は女君が自分を見捨てて離れたりはしないだろうと安心し四の君を宇治に呼ぼうとすると、女君は呆れたことと思いながらそんな素振りも見せない。

四の君の出産が近づくと中納言は長い間宇治を訪れなかった。手紙は日に何度も届き不安はないが、嬉しいはずもない。もし、右大臣が許したらあちらのほうが好ましく思うだろう、自分が右大将と知られるわけにはいかない。吉野の山に後の世のことを願いたいと思うと、今度は若君のことが捨て難く思うのであった。

七・八日たち宇治に来た中納言は何もかも隠さずにお話になったが「この先一緒にいる人でもない」と対応していた。夕方に使いが来て四の君の出産の兆候を告げると中納言は帰京した。「訪れを待つ暮らしはつらい、四の君への思いの報いだろうか」と思うが今までのこと、これからのことを相談する人もいない。女君は一人自分の心の中に想いを押し込んだ。翌日、出産を知らせる手紙が届き「どんなに思いつめても限りがある」と返事を書くと「短い逢瀬で馴れた人だから、さっぱりしているなあ」と思うのは間の抜けたことだ。

男君は吉野で長逗留の間に宮と学問をしていたが、約束した時期が過ぎるにつけ心もとなくなってきた、そんな思わしい夕暮れ時に男が手紙を携えてきた。どこかと訪ねる男君に、男は宇治の式部卿の宮の領地といった。やはりあの人だったと嬉しく、自分も返事を書いた。女君はこの返事を見ると以前と違う姿になったのも、そういう宿縁だったのだと思い「詳しいことは直接話をしたい」と返事を書いた。男君は自分の目で見てから殿に報告しようと宇治に出かけていった。

女君は乳母に兄弟がやってきたのでこっそりと会いたいというと、乳母は自分の局にやってくると見せかけてから夜に会うように取り計らった。家人が寝静まってから二人は再会したが、お互いの夢のように思われて話もできない。

二人はこれからどうするのかを相談した。女君は吉野の山に出かけようと話すと男君は「私は京にいるように装っているのでそのままの姿で京に戻ったらどうでしょう。それならば中納言が通っていても不都合はないでしょう」と提案する。女君が中納言には行方を知らせたくないと言うのを納得はするものの詳しいことは吉野へと移ってからにし、父とも相談をしなければと言うのだが、女君は「殿にこんな姿でいることを知られたくありません。」と恥ずかしがるありさまは以前の姿からは想像もできない。そうこうするうちに話はつきることもなく夜が明けてしまいそうになったので、男君はそのまま都に出発した。

左大臣は大将のために様々な祈祷をし沈み込んでみたが、今宵の夢に僧があらわれ「そう考え込むな。このことは至極平穏に解決すると夜が明けたら事の次第を聞くであろう。あなたの心を絶えず悩ましてきたのは天狗の仕業によるものだった。しかし天狗も業が尽きてすべて事がまるくおさまり男は男に、女は女に元通りになる」というお告げを得た。そこで左大臣は(男君の)母上に夢のことを話すと母上は驚き、督の君についてのこれまでの事情を詳しく話した。左大臣は夢にみたことは正夢だったのだとうれしく思う反面督の君が男姿に戻って世に出ていったのを知らなかったなんてとあきれてしまった。そして明け方に男君が到着した。

左大臣は男君と対面し「大将はどのようにしていると聞いたのか」と男君に聞いた。男君は「女君は以前のような姿ではなく女姿でいました。『男姿では落ち着がずつらかったので元のように姿を変え、その姿に馴れてみようと、もうしばらくの間、姿を隠しております』といっていましたので意向に従って私だけが戻ってきました」と告げた。左大臣は夢のお告げそのままであると嬉し泣きまでし、女君が尚侍となり男君が右大将になればよいと提案する。男君は「長年閉じ籠っていた私にいきなりそのような交際はできません。ですのであの方の意向も確かめた上で決めましょう。まずはあの方をお迎えしてから改めて相談しましょう」と言い退出した。

宇治の女君は男君と会ったうれしさの名残がすべてが夢のように思われて、今では中納言に身を任せたままでいるのはおかしいことと思っていた。だが若君を吉野に連れていくのも具合の悪いことで、かといって、見捨ててしまうのもかわいそうだと考えていたが、親子の縁を切れるものではないし、あれほど誇らしい身の上であった私が、この子かわいさゆえに、こうしてまっとうな扱いを受けずに過ごしていていいものだろうかと、男として過ごしていた時の心の名残で強く決心した。そして女君は権中納言が四の君のもとにいっている間にここを出るのがいいだろうと決心し吉野の宮にそのことを知らせた。

脱出の日、人が寝静まるのを待つ間、女君は心中穏やかでなかったが、そんな素振りなどを見せず若君の顔を見つめて涙にくれている。しかしいざ脱出となると気持ちはいよいよ穏やかではいられず、かき乱れているが若君を乳母に抱き移した。女君はからだを引き裂かれるような思いであったが男として馴れ親しんできた名残の気丈さのゆえであろうか、きっぱりと思い切った。だが物影をつたってこっそり出かける時になって若君の面影がふと脳裏に浮かんできて引き戻されるような気持ちのまま、女君は車に乗りこみ翌日吉野に到着した。

吉野で女君は不愉快な思いが絶えなかった権中納言との生活から離れ心が安らいではいるが、自ら決めたこととはいえ若君のことが恋しくてたまらずぼんやりと考え込んでいる。男君はそんな女君の気持ちが理解できると、自分から春宮とのことなどを事細かに打ち明けた。そして二人はそれまでの立場の逆転を決心する。女君は男君に自分についてのあらゆることを教えた。女君はまた麗景殿の女性のことなどまで話し、四の君のことも「今は権中納言が面倒を見ているが昔の自分と同じように声をかけてあげて下さい」と話した。

男君は折をみては吉野の姫君たちに近づく。また一方宇治では権中納言が女君の突然の失踪を知り気が動転してしまい、捜し出して逢おうとも考えたが及ばず、悲しいばかりで沈み込んでいた。

中納言が沈み込んでいるうちに、四の君は今回もとてもかわいらしい姫君を産んだ。しかし四の君はかなり弱りきっていて、今にも死んでしまいそうになりながらも、父に会いたいと思っている。母上は「大変な事態」と思い、右大臣に泣く泣く報告した。右大臣はやはり恋しく思っていたので、このことを堪えがたく思い、「ええい、どうにもなれ。最期の時に会わないで死に別れてしまったらどれほどくやしくかなしいことだろう」と思って自ら四の君のところに行った。四の君を見ると、どんな人でも心を動かされてしまうだろうというほど美しいので、まして親の目にはかわいがっていた娘でもあり、「どうして勘当なんてしてしまったのだろう。つらい思いをさせてしまった。」とくやしくもかなしくもなり、「もうどうでもいい。仏よ神よ。私の命と引き換えにして君をお救いください。」と泣き惑い、自ら看病した。四の君も父上が看病をしてくれるのがわかり、父上の一生懸命な看病のかいもあって、容体は随分よくなり、右大臣邸に移す事ができた。中納言のほうも大将が突然いなくなったのがショックで何でも考えられなくなっていたので、四の君が「もうこれきり」と気を取り直したのも、折りとしては良かった。

吉野山ではいつまでもここにいられるわけもなく、左大臣や母上も心配させているので、こっそり京におでかけになるが、男君は宮の姫君と少しでも離れてしまうのが不安で、一緒に行こうと誘うが、宮の姫君は中の姫君のこともあるし、生活の差もあるしと断った。男君もそれもそうだと思い、春宮のこともあるし、きちんとすまいを整えてからお迎えしようと思った。

男君と女君は暗闇にまぎれて京に着いた。父左大臣は二人のすばらしい姿をみて、「このままいれかわってしまいなさい。反論する人などいないだろう。四の君も勘当が解かれて右大臣邸にもどっている。」というので、督の君は胸が張り裂けそうになる。

「督の君は容体が悪く臥せっている」と言いつくろってあったので、春宮からも使いがきていて、「宮もご気分がすぐれないご様子です。回復されたらすぐ参内するようにとのご意向です。」というのを聞いた男君の気持ちはつらいものでした。父左大臣もはやく参内しろと男君を急がすが、世の噂で「大将は権中納言の一件で心を痛めていたが、吉野での生活と父上の説得に心温められて山を降りた。」というのを帝もお聞きになり、とても喜んでお召しがあったので、男君は大将として参内した。

大将は四の君のことも、春宮を思い、吉野の姫君を本邸での正妻として、その二人の中にまぜるかたちならおいてみたいと思い、督の君に相談して手紙を書く。右大臣は「どうしたことか」と思ったが、四の君に返事を書かせる。返事のすばらしさに大将は心惹かれて、とうとう会いに行く。四の君はまさか別人とはおもわずおろおろしていたが、前の習慣は変わらないものと思っていたので、大将のあきれるばかりのお心の変わりように気が動転する。思いきって歌を詠んでみるが、かつての大将の真似をするので四の君に見分けがつくはずもない。

中納言は若君の成長ぶりをみながら大将のことを考え続けていた。人伝てに語る人がいて、それを聞いた中納言は大将が参内したという噂を聞き、たいへん狼狽する。顔だけでも見たいと思い、陣の定めには来るだろうと見当を付け参内すると大将は来たが、話をかける隙も与えない。一晩中考えて、堪えきれず大将に手紙を出す。今大将はそれを督の君にみせて、返事を書かせる。それを読んで中納言は、「身から出たさび」と思うが、とにかくありったけの詫びの言葉を書き尽くして返事を書くのだった。

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