法学部

10.04.09

【法学部】リレー連載(Vol.11)「法律は「弱者」を守れないのか?」(草地未紀講師)

 法学部専任教員によるリレー連載、第11弾は草地未紀講師です。

法律は「弱者」を守れないのか?

駿河台大学法学部 草地未紀

 「消費者被害」ときいて、まず何を思い浮かべますか?

 こう尋ねると、最近急展開のあった、「毒入りギョウザ事件」や、販売が再開された「こんにゃくゼリー事件」など、製品の安全に関するものが、もっとも多く挙げられると思います。これらは、わたしたちが口に入れるもので、その安全性に問題があれば、生命や身体に重大な被害を受ける可能性があるものですから、関心が高くて当然です。

 しかし、もっと日常的に、もっと身近に、もっと大量に被害が発生しているといえるであろうものがあります。それは、契約の締結に関するものです。要するに、「だまされた!」という場合です。

 「だまされた!」といっても、それは、すぐに死に直結するものではありません。毒入りギョウザを食べれば、不幸な場合は死に至りますが、だまされていらないものを買わされても、借金ができてしまっても、それですぐに命がとられることはありません。だからといって、製品の安全性より重要でない、というわけではありません。

 数年前、社会をにぎわせた事件がありました。認知症を患っている老姉妹に、不要なリフォーム契約を次々に締結させ、姉妹が老後に貯めておいた数千万円の現金すべてを出させ、さらにはローンも組ませていたという事件です。これをきっかけに、全国に類似事例が多くあることが発覚し、問題となりました。

 「確かに、お金を奪われたのはお気の毒だけど、命があったからいいんじゃない?」と思いますか?......思わないですよね。姉妹の今後の生活は非常に困難を強いられることになるでしょう。大変、重大な被害です。なにより、認知症を患っている人をカモにするなど、決して許してはならない行為です。他の事例ですが、着物を次々買わされて、借金が数百万にふくれあがり、返済できなくなって、自殺した、という場合もあります。これは、直接ではありませんが、間接には、死につながっています。

 では、ある老人が、「これはとても幸運を呼ぶ印鑑だから」といって、立派な桐の箱に入った金の印鑑を5万円で買わされた。本当は必要なかったけれども、一人暮らしの家にセールスマンがやってきて、必要ないと言っても帰ってくれなかったから、仕方なく買ってしまった。でも実はそれは何のオカゲもないもので、鉄製の印鑑に金メッキを貼っただけのものということが、後に判明した......という場合はどうでしょうか。

 先ほどのリフォームの事件と、大きく違うところは、「被害の額が少ない」ということです。もし、「たった5万円だから、泣き寝入りするしかないんじゃない?」と、思った人がいたら、その人は、法律学には向いていないかもしれません。経済学の方が向いているかもしれないですね。「だまされた方が悪いんじゃない?」という人も、法律を学ぶセンス以前の問題です。場合によっては、だまされる人にも落ち度はあるかもしれません。しかし、だます方には、それの何倍もの非があるのです。だます方はプロです。わたしたち消費者が、いくら「自分はだまされない」と思っていても、言葉巧みに近寄ってくるのです。

 確かに、5万円のために法的手段に訴えることは、現実的ではないかもしれません。弁護士費用や訴訟費用を使って取り返しても、大赤字です。

 それでも、悪意をもった業者にだまされた人には、少額とはいえ、被害が生じているのです。どんな小さな被害でも、理不尽な被害は、必ず救済されなければなりません。消費者問題を学ぶことの出発点は、こんなにシンプルな、ひととして当然の考え方です。その考え方を国家の力で後押ししてくれるのが「法律」です。けれども法律は、どんなときも弱者を保護してくれるというものではありません。現実は厳しく、法律だけでは何も解決しないのです。

 たとえば、上記のリフォームや印鑑の事例を解決するためには、通常、「民法」・「消費者契約法」・「特定商取引法」といった法律が用意されていて、試験に出たら、それらの法律の条文をもとに答案を構成すれば点数が取れます。しかし、これらの法律が前提としていることは、「消費者が自己の被害を認識して、自ら訴えること」なのです。裁判所や警察や弁護士は、明るみに出た被害の救済はしても、被害の発見はしてくれません。

 では、答案用紙の上ではない、現実ではどうでしょうか? 独居高齢者は被害に遭っても相談できる人がいません。業者に口止めされていることもあるでしょう。認知症の高齢者は、そもそも、「自分が被害に遭っている」という認識ができません。悪質な業者は、そこにつけ込むのです。また、勇気を出して被害を訴えたとしても、一市民に裁判などで業者と闘いうる資力や気力がどれほどあるでしょうか。業者と消費者との間には、情報力や交渉力といった面において、法律がどんなに埋めようとしても埋められない、圧倒的な力の格差があるのです。

 でも、諦めないこと。ちょっと悲観的なことばかり書いてしまいましたが、悲観や非難ばかりしないこと。最近はニュースで「消費者庁」という言葉を聞くこともあるかと思いますが、消費者法も、消費者行政も、消費者被害を放置しているわけではなく、日々、発展する努力をしています。新しい法律、新しい制度で、消費者の救済が図られようとしています。それらについての知識を得て、法律や制度をうまく使って、自分自身を含めた市民の生活を守ること。そんな勉強を、法学部生にはしてほしいな、と考えるのです。それは、いつか大学を卒業して、企業や行政などで働くことになるであろう人たちに、「決して自分は、だます方の人間にはならないぞ」という決意をしてもらえることにもなるでしょう。この就職難の時に、他の企業より月給が高くて、面接1回で採用された、シュウカツは楽だったな、と思ったら、実はそこは悪質商法の会社だった、という話はよく聞きます。 弱者を救う人にはなれなくても、弱者を陥れない人になってもらえたら。

 法律は「弱者」を守れないのか?
 この問いに、わたしもまだまだ答えは出せません。このシンプルながら難解な問題を、「弱者を前に法律は無力なのでは?」という、わたしの悲観を、一緒に勉強しながら、検証してみませんか? みなさんが背負う未来の法律に、大きな期待を込めて。

以 上

 第1回 「子ども虐待の防止――私たちにできること」(吉田恒雄教授)  
 第2回 「私の憲法研究」(「北原仁教授)  
 第3回 「経済に関する法の直面している問題」(大録英一教授)  
 第4回 「証明責任・証明妨害 ― 神判に起源?」(太田幸夫教授)
 第5回 「鳩山新政権と政治学」(西川敏之教授)
 第6回 「刑事政策について」(米山哲夫教授)
 第7回 「時効とは?」(竹内俊雄教授)
 第8回 「「フレセキュリティ」(flexicurity)と「フレシキュオリティ」(flexsecquality)」(石田信平講師)
 第9回 「「本の王国」とブックタウン運動」(熊田俊郎教授)
 第10回 )「イマヌエル・カント」(福田二郎教授)

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