現代文化学部

10.08.25

【現代文化学部長からのメッセージ】生物学を学んで得た最も重要なこと

 僕が生物学を学んで得たことは数多いのですが、その中で最も大事と思うことを一つ挙げよと言われたら、「現存する生物を高等下等という順位づけをすることの誤り」だと答えます。ヒトやサルは「霊長類」とよんでいますが、「霊長」とは何でしょうか。『広辞苑』を引いてみると、「霊妙不思議な力を持つすぐれたもの。万物のかしら。」と書かれていて、人間は動物の頂点に立つとの考えが見えます。そして、「下等動物」という言葉もあって、ミミズやクラゲやアメーバなどを指したりします。植物でも、「高等植物」と言う言葉があって、どうやら種子植物を指すようです。

 古代ギリシャの大哲学者アリストテレスは「自然の階段」と呼んで、人類を頂点とし、四足動物が次、そして、それ以外の足のあるもの、足のないものと続き、ヒドラやサンゴなどの固着しているものは最下等と考えました。その下に、植物が続き、さらにその下に鉱物が続くのです。自然は、高等から下等という序列に並べられるとし、その順位は神によって付けけられたと考えたのでした。その後も西洋ではずっと、人間は神の次に来るもので、他の「自然」を支配するものとしてこの世に遣わされたとの考えが一般的でした。しかし、今は、それぞれの種が、多様な環境で多様な生き方をするよう適応し、枝分かれし進化して生じたと考えます。アメーバは体制こそ単純ですが、アメーバだから生きられる生き方をしているのです。

 今は高等学校の生物の教科書でも、「高等」「下等」という言葉は用いません。それは、生態系という概念が発見され、多くの生物が生態系の中で互いに依存関係にあり、それぞれが独特の生活様式をもって固有の地位(生態的地位という)を占めているという見方に到達したからなのです。生態系では、どちらが「偉い」とか「高等」とかいうことは意味を持ちません。例えば、食う食われるの関係、すなわち食物連鎖を考えても、植物→昆虫→クモ→小型鳥類→大型鳥類と続きピラミッドを形成していますが、下位のものが上位のものより「下等」とは言えません。彼らは独自の生き方をしているのであって、他に代わることができるものではないのです。シマウマがライオンに食べられるのを見て、「弱肉強食」だ、ライオンは強者、シマウマは弱者と言う人がいますが、シマウマがいなくなればライオンは生きていけないのであり、どちらが強いとも言えないのです。そもそも「弱肉強食」という生物学用語はありません。

 このことを知ったことは、人間社会の見方にも少なからず影響を与えました。偏差値やIQで人を序列化する見方の貧しさ、「ノーベル賞を取った人は人格的にも優れている」とする誤り、大国の覇権主義や帝国主義の愚かさが見えて来ました。儲けが全ての考えや、効率第一主義の危うさが見えるようになりました。そして、駿河台大学の設立に加わり、大学づくりに加わって、大学を偏差値などの単純な指標で序列化することの愚かさを知り、小さな大学にしかない個性や価値をつくり「ナンバーワン大学」ではないが「オンリーワン大学」にしたいと思うようになりました。また、教員と職員の関係も上下関係ではないことをはっきりと認識しました。そして、学生のみなさんにも、大学で自分の個性や独自の価値をつけて卒業して行ってほしいと切に思うようになりました。そして、序列主義から脱却し、知名度の点で劣ることで卑屈にならず、どの大学にもない良さをつくる挑戦に加わってくださいますようお願いします。

現代文化学部長 吉田 邦久

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