10.07.27
最近の学生を見ていて思うのが時間感覚の変化です。授業の開始時間に平気で遅れて入ってくる学生が年々増えているような気がします。
3年ぐらい前のことですが、ゼミのコンパに時間前に店に行っても誰もいないことがありました。時間を過ぎて5分ぐらいしてから1人女子学生が来ました。その女子学生も悪びれる様子がなく、ケータイで友達に電話、友達は近くにいたようです。その友達が来て、またケータイで呼び出して、15分後にようやく全員がそろいました。驚いたのは、誰もそれが異常だと思わないらしいことです。「約束の時間に遅れないように」という気持ちが全く希薄のようでした。
かつては、試験の時には学生達は緊張して、ほとんどが5分前には着席していました。それが、今では、開始時間になってから、慌てる様子もなく、ぞろぞろやってくるのです。「遅刻だ」と言うと、きょとんとしているのです。
そういえば、前に企業の人と話した時に、最近の若い社員は平気で遅刻すると聞きました。また、「いるプロ」でも、保育所に行く約束の時間を決めているのに、時間になってもその学生が来ないので、駿大ふれあいハウスのスタッフがハラハラすると言っていました。
どうやら、若者の時間感覚が我々大人と違っているようなのです。決められた時間が「点」ではなく、「雲」のようにあいまいになってしまったのではないでしょうか。
どうしてそうなってしまったのか。それをずっと考えています。おそらく、ケータイが大きな原因なのではないかと思います。いつでも連絡できるのだから、約束の場所をきちんと決めなくてもよいし、今どこそこにいるから後何分で着く、など連絡を入れればよい、約束の時間は「目安」に過ぎないのではないかと。
しかし、遊びのための待ち合わせならまだしも、会社の会議や打ち合わせ、締め切り時間などは守らないと、自分が不利益を被ったり、他の多くの人に迷惑をかけたりします。ですから、企業社会は時間には大変厳格です。時間は「点」であり、「雲」ではありません。時間にルーズな社員は大変嫌われます。
時間感覚は時代とともに変わって行くのかもしれませんが、少なくとも今は、一般社会では時間には厳格です。そして、上司よりも遅れてきたり、先に帰ったり、ましてや取引先との商談に顧客よりも遅れてきたりすると、大きなマイナス評価を受けてしまいます。大学生のうちに、それを外の社会の感覚に合わせておかないと、後で後悔しますよ。時間は社会や組織のもので、個人のものではないのですから。