現代文化学部

10.07.16

【現代文化学部長からのメッセージ】大学におけるPDCAサイクルの功罪

 学生のみなさん、PDCAサイクルと言う言葉をご存知ですか?

 事業活動における生産管理や品質管理などの管理業務を円滑に進める手法の一つです。この用語がよく使われるようになったのは、品質管理の重要性が強調されるようになってからで、数十年前からだと思います。この名称は、サイクルを構成する次の4段階の頭文字をつなげたものとのことです。

1.Plan(計画):従来の実績や将来の予測などをもとにして業務計画を作成する
2.Do(実行):計画に沿って業務を行う
3.Check(点検・評価):業務の実施が計画に沿っているかどうかを確認する
4.Act(処置・改善):実施が計画に沿っていない部分を調べて処置をする

 この4段階を順次行って1周したら、最後のActを次のPDCAサイクルにつなげ、らせんを描くようにサイクルを向上させ、継続的に業務改善するという考え方です。これは産業界で用いられたものですが、最近は教育界にもそれを適用する考え方が強まってきました。

 大学においても、経営主体が年度ごとに事業計画を出し、PDCAを進めることが求められるようになりました。だから、本学も年度当初に事業計画を立て、自己点検評価を進めていますし、それだけでなく、7年に一度は外部の評価機関の認証を得なければならなくなりました。

 これで、昔のように、お題目のように理念の言葉を掲げているだけではいられなくなり、つねにPDCAを意識して、できれば数値目標を掲げ、結果もデータに基づいて評価するようになってきました。授業もシラバスによって目標や計画を詳細に明示し、学生による授業評価も当たり前のことになりました。学生の出席管理もより厳しくなりました。成績も相対評価になりました。

 これは、たしかに今までにない成果を生んだように思います。いろいろなことがあいまいでなくな
り、計画的に行われるようになり、またその成果を問われるようになり、非常識な状態は放置されなくなり、いろいろ改善されました。この流れは定着したように思います。

 ただ、一方では、望ましくない影響も生んでいるように思います。品質管理の発想が、人間を育てるという教育現場には馴染まない面もあるのです。授業の計画にしても計画通り行かないのが授業です。相手の顔を見て、臨機応変に内容も進度も変えなければなりません。やっているうちにもっと行なっておくべきことに気づくこともあります。予定通り進行することを重視するあまり、学生の理解が不十分になってしまうこともありえます。PDCAを意識しすぎると、個性を発揮するよりも、均質化することになり、授業も生き生きしたものにならない可能性も感じます。学生による授業評価もそうです。学生はなぜかプリントをもらうほうを好みます。ノートを取りたくないからでしょうか。その結果、学生は満足しても、ノートを取らなくなり、書いて自分の理解にするという過程を経ないことになり、理解が不十分になります。そして、やたらプリントやコピーだけ多く与えることになってしまったりします。

 管理する上ではPDCAサイクルの手法は有効ですが、ひらめきや人間的触れ合いやその時その時の創意工夫がおろそかになる副作用もあるように思うのは私だけでしょうか?
天声人語に、「教育とは離れている2点間の最も遠い道を教えることだ」という言葉が引用されていましたが、その考え方も十分踏まえないと、大学が自動車教習所と同じになってしまうのではないかと危惧します。

 教育というのは難しい。私は40年間ほど大学で教えてきましたが、今でもまだ自分で満足の行く授業やゼミができたと言う気がしません。授業やゼミをどうしたらよいかの正解は得られないまま、道半ばで定年退職の時期を迎えそうです。

現代文化学部長 吉田 邦久

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