現代文化学部

10.06.29

【現代文化学部】良寛の里めぐり(本間邦雄教授)

良寛の里めぐり
   
現代文化学部 本間邦雄

 良寛(1758~1831)は、江戸時代後期の禅僧・歌人です。
越後(新潟県)の人で、青年時代、備中(岡山県)の円通寺で修行しました。その後、日本各地を行脚(あんぎゃ)し、後半生は郷里から少し離れた、国上(くがみ)山の庵(いおり)で暮らしました。
現在の新潟県燕市です。
 良寛さん(地元では親しみをこめて、良寛さん、良寛さまと呼ばれています)は、子どもたちと楽しく手鞠つきをするお坊さんというイメージで知られ、また書家としても有名ですが、最近では、「清貧」とか「エコ」、「省エネ」、そして「自然」、「心の豊かさ」のテーマにちなんで、しばしば引き合いに出されます。さて、いったいどんな人だったのでしょうか。
 初夏のとある一日、良寛の里をめぐってきました。

①国上(くがみ)山から見える水田風景
 良寛さんが毎日のように歩いた道を、できるだけ良寛さんに倣(なら)って歩くことにしました。山頂に登る途中、見晴らしのよいところで振り返りました。当時とあまり変わらないと思われる、水田と里の風景です。

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②国上(くがみ)山の山頂から佐渡の海を望む
 国上山からは、良寛の母の実家のあった佐渡島がよく見えます。
 写真で、うっすらと横長に続いて見える山影が佐渡島です。
 「いにしへに変わらぬものは荒磯(ありそ)海(み)と向かひに見ゆる佐渡の島なり」(良寛)

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③道
 国上山の山中の五合庵は、村里から登っていかねばなりません。托鉢(たくはつ)で山を下りては上る良寛は、健脚だったはずです。
 良寛も辿(たど)ったであろう山道を行く写真は、恥ずかしながら小生です。
 さて良寛は、庵では薪炭・水汲み・煮炊きなどの作業を終えたあと、詩歌を詠んだり書に励んだりしていました。そして語り合う友人・知己の訪れを待ち望んでいました。
   「君来ませ いが栗落(おちし)道よけて」

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④五合(ごごう)庵(あん)
 現在の五合庵は、後の再建です。元はもう少し大きかったと説明にあります。
ですが、周囲の環境はそれほど変わっていないようです。ここで、かれこれ20年ほど暮らしていました。別のお坊さんの住まいだったのですが、その後、良寛の庵となりました。「生涯身をたつるに物憂(ものう)く 騰々(とうとう)天真に任す」と詠じたのも、この頃でしょう。
 友人や支援者からの差し入れはありましたが、基本は托鉢生活、自足の生活です。長岡藩の殿様から、寺の住職に、という話があったときも、自分は今の生活で充分であるという意味でしょうか、無言のまま次の句を示して辞退したそうです。
  「焚くほどに風のもてくる落ち葉かな」

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⑤乙子(おとご)神社の草庵
 良寛は、還暦を迎えるころ、麓に近い、乙子神社の草庵に移転しました。現在も社務所
として使われています。建物は当時のままだそうです。ここで10年ほど暮らしました。
 良寛は「今草庵を結んで宮守と為る 半ば社人に似半ば僧に似たり」と言っています。
 行き来する人々も以前より多くなったでしょう。
 子どもたちと、手毬歌をうたいながら、時を忘れて鞠つきをした春の夕べもありました。
  「この宮の森の木下(こした)にこどもらと遊ぶ春日は暮れずともよし」

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⑥地蔵堂
 良寛は子どものころ、栄蔵という名でした。出雲崎の名家の長男で、13歳のときから、近隣の地蔵堂(分水町)の私塾で勉強していました。写真は、親戚の中村家です。その2階の一室に下宿していました。格子のある部屋で、そのあたりは当時のままだそうです。
 「一たび思ふ少年の時 書を読んで空堂に在り」という詩があります。時を忘れて読書に没頭していたのでしょう。後年の良寛の脳裏に浮かぶのは、「只是れ旧時の栄蔵子」だったでしょう。

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 今回気づいたことは、昔の人は当然でしょうが、徒歩による活動範囲が広いことです。山里や平野部の町村など各地を托鉢でめぐるわけですから、私たちが思っている以上に多くの人々と交流していたに違いありません。世間の人々の悩みや愚痴を聞くことも多かったでしょう。今でいう "カウンセラー"の役割も果たしていたのではないかと思いました。実際、「師と語ること一夕すれば、胸襟清きことを覚ゆ」(解(け)良(ら)栄(よし)重(しげ))という証言もあります。また、お酒が好きで、剽軽なところもあったといわれ、こうだと型にはめようとすると、するりと抜け出ます。
 時代の転換期といわれる今日、別な生活スタイル、ほんとうの豊かさとは何かと考えるとき、良寛の生きかた、残された文筆には多くのヒントがあるかもしれません。

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