10.06.16
先日、約25年前、本学の設立の時に関わった教職員の10名ほどが、飯能で飲み会をやりました。当時私は立教大学の教員でしたが、教員の設立準備委員5人のうちの1人として加わっていたのでした。事務局の中心職員として身を粉にして働いた今井政久氏が今年2月駿台を定年退職されたので、文字通りその時設立のため陣頭指揮を執っておられた中塚晃介氏(現在82歳)にも来ていただき、当時の苦労話に花を咲かせたのでした。酔うほどに忘れていたいろいろなことが思い出されて、本当に楽しい時間を過ごしました。
いろいろな事情から、中塚さんは設立後半年ぐらいで、今井さんは1年で本学を辞められ、駿台の他の学校に移られたのでしたが、大学をゼロからスタートさせたという達成感と自負心は今でも彼ら自身にとって大変大きなものであることが感じられましたし、また、その時に参加したみんなが思い描いていた夢を蘇らせてくれました。創立者であった当時の駿河台学園理事長の山﨑春之氏は今年1月に亡くなられたのですが、主にキャンパスと建物の構想を練られ、教員集めと組織づくりを中塚氏と今井氏らが、そして、教育課程の中身については私を含む教員の設立準備委員会メンバーが主に担当したのでした。
今の時代を先取りした大学、国際化と情報化に対応した大学を作ろう、学生一人ひとりに教職員みんなが親身になって人格的に触れ合い、手作りで育てる大学を作ろう、学問が社会や生活と結びついていることを実感させるような授業をやろう、既存の大学が大型バスなら我々の大学はタクシーでありたい、学生にも父母にも地域にも愛される大学を目指そう、などと理想を語り合い、熱く燃えたあの時がまるで昨日のように思われました。あの時みんな若かった!
さて、その後の大学の変化と発展、そして現在、当時思い描いていたことがどれだけ実現できているかを思うと、100点満点とはいきませんが、80点はつけられると僕は思っています。自画自賛でしょうか。そして、建学の時の理念・理想は今もしっかりと生き続けていると自信をもって言うことができます。
今年で私も定年を迎えます。真っ白のキャンバスに、大学を描き始めてから25年、いろいろ苦労や危機はありましたが、数々のアイデアを実現させることができ、本当に充実した日々でした。生物学の実験の面白さを感じて大学教員の道に入ったのでしたが、それは中途で終わりましたが、「大学づくり」という壮大な実験に没頭することができました。
本学の設立と発展にともに協力いただいたみなさんに、心からありがとうと感謝するのみです。