『とりかへばや』要約一括版

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第一巻

いつの頃であったか、権中納言で大将を兼職していた人は、すべてに優れ、信望も厚かったが、人知れぬ悩みをかかえていた。

権中納言には二人の北の方がおり、それぞれ美しい若君と女君を生んだ。子供たちはよく似た顔立ちをしていたが、若君は大変な引っ込み思案で人見知りをするのに対して、姫君の方はやんちゃで活発な性格なので、周囲の人々は姫君を男の子と思いこんでいるのであった。父君はこの二人の性格を「とりかえたい」と思っている。

幼い頃には、そのうち本来の性にふさわしい振る舞いをするようになるだろうと思われていた二人だが、十歳を越えても相変わらず性は逆転したままである。ことに姫君は抜群の才能を発揮し世間の評判になって帝や春宮からも参内させるようにという意向が伝えられた。そこで父君はこれも前世からの因縁であろうと諦めてこのまま成りゆきにまかせることにし、姫君(実は若君)の裳着と若君(実は姫君)の元服の儀式を行うことにした。元服の際の加冠の役を務めたのは父君の兄である右大臣である。右大臣には四人の姫君があり、独身の三の君か四の君を若君と結婚させようと思っている。若君は五位の位を得て、侍従の職につき宮廷で才能を発揮する。父君はその成長ぶりに心を慰めるが、当の侍従の君は分別がつくにつれ、人とは異なる我が身の有様を悩むようになる。一方姫君には入内の話が持ち上がる。

帝には亡き后とに間に女一の宮がいたが、侍従の君をこの宮の婿にしたいと考えている。宮中の女たちの中には侍従の君に憧れる者も多いが、侍従の君は慎重に身を処している。

侍従の君の宮廷での同僚に、帝の叔父の式部卿宮の一人息子で大変な色好みがいた。この宮の中将は権中納言の姫君と右大臣の四の君に言い寄っている。それだけではなく、侍従の君を見て「こんな女がいたらよいのに」と思っており、侍従の君に似ているであろう妹に関心を示していた。時には侍従の君を相手に姫君への思いを語って涙を流したりする。しかしその姫君にも性を偽っているという秘密があるので、侍従の君は宮の中将に気を許すことができず、二人の間には距離ができてしまう。

そうこうするうちに権大納言は左大臣になり、関白と兼任することになった。左大臣の侍従の君も三位の位を得て中将となった。その左大臣の兄、右大臣は中将の君が人柄もすばらしく、軽率なところもないということで四の君の婿にと望み、早速左大臣に打診した。しかし左大臣は断る口実も見当たらないし、相手の四の君はまだ子供っぽいということで承知してしまった。そして、婚儀も盛大に執り行なわれた。

そんな折、大納言を務めていた人が亡くなったので、皆順次昇進し、中将の君も中納言と左衛門の督を兼任することになった。そして式部卿の宮の中将も、中将と参議を兼任することとなる。その宰相の中将は思いを懸けていた内の一人である四の君が中納言と結婚したために、しばしふさぎ込んでいた。その中納言と四の君は、もちろん夫婦の契りを結ぶことはなかった。普通の女性ならば、変に思うところだろうが、四の君は幸いまだ子供っぽかったために不審には思っていなかった。

ある日、中納言は梅壺の女御が帝のもとに参上するところへ偶然とおりがかった。その梅壺の女御や女房達が華やかに装っているのを見て、「自分も人並みであったらいいのに。本来の性を隠して過ごしているのは正気の沙汰ではない。」と嘆いていた。また、宰相の中将は姫君への恋心を募らせては中納言を見て、その心を慰めていた。

そんな中、院の上は女春宮のお世話係として、左大臣の姫君を出仕させたと考えていた。ここでも左大臣は、中納言の結婚のときと同じように断りきれずに承知してしまった。そして、姫君は尚侍の肩書きで宮中に出仕することになった。女春宮は尚侍と次第にうちとけ、よい遊び相手となった。尚侍は、女春宮を愛らしく思うようになり、本来の性を女春宮にだけ明らかにした。女春宮のほうも、尚侍の出過ぎた行動に驚き、意外にも思ったが、尚侍の人柄はすばらしかったので「なにかわけがあるのでは」と思うくらいだった。一方、宰相の中将は良い機会とばかりに尚侍の局のあたりをうろついたりしていた。

その年の五節に、中納言にすっかり心を奪われてしまった女性がいた。その女性というのはどうやら、麗景殿の女御の妹だったようだ。中納言はその女性といくつか歌のやりとりをした。

年も改まったある日暮れ時、中納言と尚侍はそれぞれ、笛と筝の琴で演奏をしていた。それはすばらしい音色であった。それをちょうど宰相の中将が聴いており、「なんとすばらしい音色だろう。」と感動する反面、「あれほどまで何事にも一流の中納言を見慣れていたらどれほどのことであってもお耳にはとまるまい」と思うと、ひどく妬ましくも残念でもあった。

一向に尚侍に思いが届かず悩む宰相は、中納言と語り合うことで心を慰めようとするが、あいにく中納言は宿直のため不在であった。以前、四の君に恋心を抱いていた宰相は垣間見をして、あまりの美しさにたまらなくなって侵入する。侍女たちは中納言と思い込んで驚きもしない。一方で乳母子の左衛門は事情を知り、せめて他人に知られぬようにと侍女たちを退出させてしまう。四の君は、昨夜のあまりの出来事に起き上がることもできない。侍女たちは病気だと思い心配し、中納言はやさしく声をかける。

宰相からの手紙は届く一方で、四の君には中納言が付き添っているので見せることができない。宰相は、中納言が四の君にたくさんの愛情を注いでいると思っていたのだが、二人はまだ夫婦の仲になっていないことに気づく。

四の君の病状に変化がなさそうだとみて、中納言は左大臣邸や内裏などを回ろうと思う。四の君は自分のつらい宿縁のために中納言とも距離ができてしまったことを悲しんでいる。中納言は尚侍の所や気分のすぐれない宰相を見舞う。中納言は宰相の悩みを恋の悩みと言い当ててしまったので、宰相は苦笑いをする。宰相は足早に退出する中納言を見るにつけ、改めてすばらしさを実感し、自分と比べてみてはとあわれに思うのであった。中納言の宿直の時を見計らって、宰相は四の君のもとに通う。四の君は人知れず宰相に思いを抱くようになってしまった。

そんな折、四の君の妊娠が発覚する。中納言は自分としては心当たりがないので「相手は誰だろう」と怪しがる。二人の間には溝ができてしまったようで、以前のように仲むつまじくすることもない。ただただ、中納言は勤行に励み四の君から離れがちなのを右大臣や北の方、侍女たちも不思議に思っていた。

中納言は宰相がひどく思い詰めている様子なので「もしかしたら、四の君の相手はこの人ではないか」と思い始める。しかし、はっきりしたことはわからないので、心は乱れて憂さつらさがつのるばかりである。

その頃、吉野山に先帝の第三皇子である宮がいた。この宮は万事に秀でた才人で唐国に遊学した。唐国でも歓迎されこの国の首席大臣の娘と結婚した。しかし妻は娘を二人産んですぐに亡くなってしまった。そのショックで首席大臣も病気になりまもなく亡くなってしまった。そして宮は唐国にいる気もせず二人の娘と一緒に帰国した。

帰国して二人の娘を目にふれぬようにして上京したが、謀反の疑いをかけられ追放されそうになった。そこで吉野山に領地をもらっていたのでそちらでひっそり暮らしていた。宮はさらに山奥に身をひそめたいと思っていたが、二人の娘がたいそうすばらしいので世間と縁を切るのをためらって、しかるべき人が現れるのを待っているのだった。

中納言は俗世を離れたいという気持ちが増していた。そんな折り、吉野山の宮のことを詳しく語る人がいた。おじが宮の弟子であるという。そして、中納言は吉野山の宮を訪ねたいと思い宮の御意志を伺ってもらうのだった。

宮は中納言の訪問をあっさり承知する。中納言はやっと願いが叶ったとうれしく感じる。中納言はすぐにも出家したい思うが宮の気持ちを推し測って、今回は宮の人柄を見定めて帰京しようと考える。

以前は四の君と二、三日離れるだけで不安に思っていたが、あの事件のあとはそうもしなくなった。お供は仲介人とほかには親しく思っている四、五人ほどでひっそりと人目を忍んで出発した。折から九月のことだった。

中納言は宮にとても心づかいをして宮邸にはいった。宮は、中納言のすばらしく美しい姿を見てとても感嘆した。そして話がはずむにつれ、中納言の学識の深さに目を見張るばかりであった。宮は中納言との出会いが二人の姫君が人並みに世間にでる機会だとわかっていたので、身の上話をすっかりしてしまった。その上品な姿に中納言も涙を流して自分の人並みでない身と心のありようを語った。そして宮は中納言には人臣として位を極めるべき運命にあるので現世を厭う必要はないと語った。それを中納言は不審に思うのだった。

あっという間に二、三日が過ぎ、姫君たちに琴を教わることになり、中納言はすばらしい姿で出かけていった。しかし人声がしないので歌を詠んだ中納言のすばらしい姿に姫君たちの心はどうしようもない。やっとのおもいで姉君がお返事をする。その上品で趣のあるけはいに中納言は興味をひかれる。そして中納言は姉宮に添い臥す。夜が明け中納言は部屋に戻ったが、姉宮の美しさが思いやられ後朝の文を送った。しかし姉君は恥ずかしく具合が悪いので返事はしなかった。日が暮れるとまた中納言は姫君の部屋へ行き月を見、琴をかきならすそんな日々に心を奪われ、都へ帰る気も失せていた。

あっという間に何日も過ぎ都の人のことが思いやられ、あれこれ忍ばれることが多いので中納言は都へ戻ることにした。宮や姫君たちにはすばらしい品々を献上した。宮からは中国のまだ日本には伝わっていない薬を献上された。そして姫君には引き続き無限の愛情を約束して帰京した。

帰京した中納言は、まず父の左大臣のもとを訪ねた。左大臣は大変心配をしており、帰ってきた中納言を見てホッとし、改めて中納言のすばらしさを思う。左大臣は右大臣邸に行くように勧めるが、朝夕顔を自分にも見せてほしいと言う。

右大臣は中納言の訪れが長い間途絶えているのを心配し、四の君は深く思い込んで悩んでいるが、その隙を見て宰相がやって来て、四の君は「これこそ本当の愛情である」と感じる。

やっとの中納言の訪れに右大臣ははりきって支度をするが、四の君はきまりが悪く、中納言の言葉に返事をすることもできない。夜になっても昔のように打ち解けられず中納言は「どうせこの世はかりそめのものだから、つらいこともつらく思わない」と思うのであった。

 

第二巻

四の君の出産を大変喜ぶ右大臣。中納言は生まれてきた子供を見て、相手は宰相であったと思う。中納言は四の君に対して「他人の血を引いた子を傍において可愛がらなければならないのでしょうか」と言う。四の君は涙を流し思い悩む。

七日の祝いの席を病気で欠席し宰相は左衛門に頼み四の君とあった。四の君は「悪い時に」とは思うが拒みはしない。外では中納言が歌を歌っているのを宰相は「これほどの人をお世話しながらなぜ馴染まなかったのだろう。他に何を気に病んでいたのか」と考える。衣装を換えに四の君の部屋に来た中納言は帳台の中に妙な気配を感じる。そして、男の扇を見つけて改めて四の君の相手が宰相だと知る。しかし、宰相を咎めるよりも、中納言は四の君を非難する。

宰相は四の君との辛い恋を慰めるために督の君(尚侍)に会いに行くが「手紙をください。また会う機会はあります」となだめられてなにもせずに帰って行く。

その後、督の君からの手紙はなくなり、同じ顔の中納言を見ても涙が出てくる。四の君とは人目が気になり、督の君には会うこともできず宰相はとても辛い心情である。

宰相は中納言に会って心を慰めようとする。中納言はくつろいだ姿でおり、その姿に心奪われた宰相は中納言に寄り臥す。宰相は自分の恋の辛さを訴え、それに対して中納言は「あなたの恋心は一つではないようですね」と皮肉を言って起き上がろうとするが、逃れられず、どうすることも出来ずに涙を流す。宰相は驚きながらも四の君と督の君への恋が合わさったようになり、「これほどの女性はいなかった」と感じる。中納言は恥ずかしさのあまり涙が止まらない。

夜が明けてなかなか帰らない宰相に対して「男である自分には気楽に会える」と言って帰らせようとする。宰相は中納言を一時も離したくないと思いつつ出て行く。中納言はこの世から消えてたいと思うが両親のことを考えるとそうもいかないと悩む。

宰相から「死ぬほどに会いたい」と後朝の歌が来る。中納言は女であるからと返事をするが「会う人ごとに死ぬ死ぬ言っているが長生きですね」とかえす。右大臣邸にいるのに「会いたい」と言ってくる宰相に対して露見を恐れ「私も苦しんでいる」と返事をする。宰相は右大臣邸までやっと来て中納言に会おうとするが、中納言はもう二度とあんなことになるまいと病気と言って会うのを断る。宰相は四の君もいる縁のある場所を去りがたく思うが人目をはばかって帰って行く。

人前に出ると宰相とも顔を合わせるはめになるので中納言は気分が悪いのにかこつけて外出もしない。宰相は日に何度も恨み事を言い、「中納言が参内なさる。」と聞くと胸が高鳴って動転する。中納言はよそよそしくなんとも頼りなくわびしい気持ちになる。

帝のお召しで参上した中納言は、帝に気に入られ長いこと退出を許さないでいた。宰相は「帝がもし自分のように中納言の正体を知ってしまったら普通でない姿であっても、他の女性に心移りなどしないだろう。」と思い、気が気でなく胸がつぶれる思いだった。

やっと帝の御前をさがってきた中納言は宰相の誘いを断りきれずその夜、宮中に留まった。そこで恨み事を言う宰相に自分を本当に愛しているなら人目につかないようにしてほしいと言う。そこで宰相は四の君では心を慰めることは出来ないと話す。これを聞いた男の移り気に嫌気がさした中納言はいつか宰相が自分の正体を人に話してしまうのではないかと心配になる。

影のようにつきまとう宰相を中納言はしかるべきひまをつくっては四の君に会わせていた。四の君に対しては中納言への満たされぬ思いからか愛情深く接していた。

乳母の家に身をひそめていると、そこにまで宰相がたずねてきて中納言に女装にもどるようにすすめたが、簡単にはもどれないことを嘆いていた。

宰相の頼みはなかなかかなえられずいつもよりも長く乳母の家に籠もっていたので右大臣と四の君から心配の手紙がくる。中納言は四の君からの手紙に真剣になる宰相に不信感をつのらせるが、本人は中納言と逢えたよろこびで舞い上がり、中納言が右大臣邸に帰ろうとするのをとめようとまでしている。

四の君が妊娠し、それに続いて中納言も自分の妊娠に気が付く。宰相に相談したところ女装にもどり自分と一緒に暮らすことを強くすすめられる。それをしかたのないことだとあきらめていたが、宰相が自分を手に入れた気でおり、心配して四の君のほうに目を向けだしたことに気が付いた中納言はその不信感からか死をも考えてしまう。

十二月に中納言は左大臣のもとに参上するが、我が子のそのやつれた様子に左大臣は驚きを隠せない。父を心配させまいととりつくろって食事などをとる中納言。心配はするが、その心中までは見抜けずよろこんで一緒に食事をとる左大臣の母上のほうはというと、そんなことには全く神経が働かず気にもとめていない。

年も改まってしまったので、世を去る覚悟を決めた中納言は、身なりを整えて身のこなしなどにも心を配るようになった。内裏に参上したその姿は人目を引き、宰相は「今更女の姿に身を変えにくいのでは」と心配になる。中納言が何に対しても誠実に勤める一方で、帝が他の誰よりも中納言の発言を重用するので、中納言の評判は世の極みに達していた。

その年の三月一日頃、桜の花を観賞する宴が催された。当日、勅題をいただいての詩作で、中納言の作品は他に並ぶものがないほどの出来栄えだった。中納言の立派な姿に左大臣は「このままでも立派にやっていけるに違いない」と考える。日暮れに管絃の遊びが始まると、中納言は「二度と吹くことがあろうか」と笛を吹いた。その音色は言葉に表せないほどすばらしく、帝もたいそう満足して中納言は右大将の宣旨を受けた。一方で宰相も並みの人より優れているので、権中納言にとりたてた。右大将は「こんなに栄達する身なのに姿を消してしまうとは」と密かに嘆いていたが、権中納言は昇進の喜びもさて置き右大将の事が気にかかり、「あと少しで自分のものになる」と心を慰めていた。

右大将は体が窮屈になるにつれ、心細い思いで宮中で宿直がちに過ごしていたが、権中納言も参内してきたので、休憩所で話をすることになった。そのとき、右大将は権中納言が四の君からの文を持っているのを見咎める。そこには右大将の昇進よりも権中納言の昇進を喜ぶ内容の歌が書かれていた。右大将は心の中で「四の君は世間に疎いようでありながらこんな方だった」と思うが、自分の内心を四の君には少しも見せなかった。

この月だけはこうしていようとの思いから、右大将は左大臣邸に日参し、内裏の宿直を熱心に勤めた。宿直の夜、五節の頃に歌を詠みかけてきた人を思い出し、麗景殿の辺りでこっそりと下の句を吟詠すると、あの時の人が答えた。その心を嬉しく思い、右大将はそこで一夜を過ごす。

 

第三巻

四月にもなると、右大将は動きにくい体を無理に何でもないようによそおっているが、権中納言は早く女姿にもどるように言い聞かせながら宇治に住めるように手配していた。右大将の方は「身軽な体一つなら吉野の宮のところへ行くのに」と考えていたが、「こんな姿でいるうちはこの人に言う通りに」と思い直して宇治に行く日を約束し、最後の挨拶に吉野の宮を訪ねた。

右大将は宮に自分は普通の場合より先の事が少々心細い身であると打ち明ける。宮は「ひどい結果にはならないでしょう」と言って、護身の祈祷をなどをした。さらに右大将は二人の姫にも涙ながらに別れを告げる。そうしている間にも右大将は両親にもう一目会いたいと思い、落ち着くことなく帰ることにした。宮は見抜いていることがあるので、念入りに護身の祈祷を行い薬を右大将に渡した。

右大将は世を捨てる覚悟をしていたことで四の君に対して一緒に過ごした年月のよい面だけを思い浮かべるようになっていて、今はただ愛しい気持ちがわくばかりであった。そこで右大将は四の君に権中納言との密事を知っているが、自分の愛情は変わらないと告げる。右大将が宣耀殿に出かけようとすると、姫君が後を追うそぶりをしたので、その可愛らしさに右大将は「もう会うことも無いだろう」と涙ぐんで姫君を抱いた。

宣耀殿に行き、右大将が「二人だけの兄弟なので、もし自分がいなくなった時の後の事が心配である」と尚侍に告げて涙ぐむと、尚侍も同じ気持ちでいたので、涙ぐんだ。そんな尚侍の美しい姿を見て右大将は、本来は自分がこうあるべきだったのと考える。一方で尚侍も自分こそ男姿でいなければならないのにと考えていた。二人はお互いに見交わして、その場を離れがたい思いにかられた。右大将が立った時尚侍は、右大将がいつに無い様子だったと胸がつぶれる思いで見送った。

権中納言と共に宇治へ発つ右大将には、まるで現実感がなく「これはいったいどうしてしまった我が身か」と気は滅入るばかりで、宇治の邸に着いても「引き返したい」という気持ちは募るままにその夜は暮れた。

翌日、のぞみの叶った気分で一杯の権中納言の方は、大将に本来の性である女としての格好をさせその美しさに狂喜している。一方の大将は悲しくで仕方がないが、本来あるべき姿であると思うと恥ずかしい気持ちになる。

その頃、京では右大将の失踪で大騒ぎになっていた。父左大臣は「変わった我が身だと思ったのだろうか、ここまできて然るべき理由なしで出家する筈もない、どうして見咎めてやれなかったのだろう」と悔いた。

右大将は、娘の四の君が沈み込み、妊娠の気配もあるため、夫である右大将の失踪を恨めしく思っていた。しかし、世間ではおかしな噂も流れ始めていた。というのは、四の君と権中納言の密通のことであり、生まれた姫君も権中納言の子である、という真実だ。右大将の失踪の原因はそれだろうと思っていた左大臣のもとに、不安を感じていた右大臣が訪ねた。右大臣の泣き言を聞く左大臣もこの件で普通ではなく、その噂の事を右大臣に伝えてしまう。それを聞いた右大臣は涙も止まり慌てて帰っていった。四の君をよく思わないある乳母が、こういう成り行きを耳にはさみ、四の君と権中納言の関係の詳細が書かれた、誰かに当てた風の手紙を右大臣の目に付きそうなところにわざと落とし、これにより四の君は勘当され、邸を追い出された。それを不憫に思った四の君の乳母は他に頼れる人はいない、と権中納言に手紙を綴った。

手紙を受け取った宇治の権中納言は、すっかり女姿が板に付いた女君(右大将)と相談し、気の毒である四の君の元へ「夜の間だけ」と言って向かった。

今にも息を引き取りそうな四の君に朝まで添い臥してやるが、別れて出て行く気にもなれないので、こっそりと人を呼び、安産のための祈祷を始めた。

大将の事にも気になる中納言は泣く泣く宇治へ帰る。

女君は権中納言の四の君に対する思いと、自分に対する愛情とが、一体どちらが深いのか疑わしく思われ、怒りを覚えるが、出産するまでは他に頼れる人もいないので心の中で問うに止めた。

督の君は、大将の身の上の辛さを思い黙って行かせてしまったことを後悔した。そして、男姿になって大将を探すことを決意し、探せなかったら、自分も深山にこもりそのままの姿で身を隠してしまおうと思う。

男姿で探しに行くことを母上にだけ告げ、狩衣に指貫の用意をし、長い髪をばさっと切って髻に整えた。その姿は大将そのもので、殿(左大臣)に大将として顔を見せてやったらどんなに喜ぶだろうと母上も乳母も慰められる思いだった。

それにしても尚侍(督の君)は、妊娠の様子のある春宮を見捨てるかのようにして出て行ってしまうのには心が痛み、互いがかけがえのない存在であることを確かめあう和歌を贈りあった。

武士を七・八人連れて出ていた尚侍であったが、側近のいつもと変わらぬ振る舞いで尚侍が消えたことに気が付くものは誰もいなかった。

男君は大将を探そうと出発したが行くあてがなく、乳母が「吉野の山の聖に通い、終の住処と約束されていたのでそこではないでしょうか」というので吉野を目指した。宇治川で、風情がある所を見つけて入っていくと簾が巻き上げてあり覗くと几帳の影に人がいた。見つめていると中の人も気配に気づき簾をさげてしまった。自分の姿を見て気がつくのではと進み出た。よく似た男君を見ると、大将と似ていると思うが奥に引きこもってしまった。その場を離れ「誰の住まいか」と尋ねさせ式部卿の宮の領地だと知ると面倒なことになると、姿を見たことを言葉にほのめかしもしなかった。

吉野の宮は男君を見ると驚き事情を聞くと七月の終わり頃には参るという約束を話し、きっと見つけだすことができると言うのであった。男君は予定の時期までここにいて連絡を待ち逗留することにし、両親にも告げ自分が都にいるよう装ってくれと頼んだ。

女君が臨月となり中納言は片時も離れようとせず無事に出産させたいと気を揉んでいたが、七月のはじめに男の子を出産した。女君は自分の手で世話をし片時も目を離さない。その様子に中納言は女君が自分を見捨てて離れたりはしないだろうと安心し四の君を宇治に呼ぼうとすると、女君は呆れたことと思いながらそんな素振りも見せない。

四の君の出産が近づくと中納言は長い間宇治を訪れなかった。手紙は日に何度も届き不安はないが、嬉しいはずもない。もし、右大臣が許したらあちらのほうが好ましく思うだろう、自分が右大将と知られるわけにはいかない。吉野の山に後の世のことを願いたいと思うと、今度は若君のことが捨て難く思うのであった。

七・八日たち宇治に来た中納言は何もかも隠さずにお話になったが「この先一緒にいる人でもない」と対応していた。夕方に使いが来て四の君の出産の兆候を告げると中納言は帰京した。「訪れを待つ暮らしはつらい、四の君への思いの報いだろうか」と思うが今までのこと、これからのことを相談する人もいない。女君は一人自分の心の中に想いを押し込んだ。翌日、出産を知らせる手紙が届き「どんなに思いつめても限りがある」と返事を書くと「短い逢瀬で馴れた人だから、さっぱりしているなあ」と思うのは間の抜けたことだ。

男君は吉野で長逗留の間に宮と学問をしていたが、約束した時期が過ぎるにつけ心もとなくなってきた、そんな思わしい夕暮れ時に男が手紙を携えてきた。どこかと訪ねる男君に、男は宇治の式部卿の宮の領地といった。やはりあの人だったと嬉しく、自分も返事を書いた。女君はこの返事を見ると以前と違う姿になったのも、そういう宿縁だったのだと思い「詳しいことは直接話をしたい」と返事を書いた。男君は自分の目で見てから殿に報告しようと宇治に出かけていった。

女君は乳母に兄弟がやってきたのでこっそりと会いたいというと、乳母は自分の局にやってくると見せかけてから夜に会うように取り計らった。家人が寝静まってから二人は再会したが、お互いの夢のように思われて話もできない。

二人はこれからどうするのかを相談した。女君は吉野の山に出かけようと話すと男君は「私は京にいるように装っているのでそのままの姿で京に戻ったらどうでしょう。それならば中納言が通っていても不都合はないでしょう」と提案する。女君が中納言には行方を知らせたくないと言うのを納得はするものの詳しいことは吉野へと移ってからにし、父とも相談をしなければと言うのだが、女君は「殿にこんな姿でいることを知られたくありません。」と恥ずかしがるありさまは以前の姿からは想像もできない。そうこうするうちに話はつきることもなく夜が明けてしまいそうになったので、男君はそのまま都に出発した。

左大臣は大将のために様々な祈祷をし沈み込んでみたが、今宵の夢に僧があらわれ「そう考え込むな。このことは至極平穏に解決すると夜が明けたら事の次第を聞くであろう。あなたの心を絶えず悩ましてきたのは天狗の仕業によるものだった。しかし天狗も業が尽きてすべて事がまるくおさまり男は男に、女は女に元通りになる」というお告げを得た。そこで左大臣は(男君の)母上に夢のことを話すと母上は驚き、督の君についてのこれまでの事情を詳しく話した。左大臣は夢にみたことは正夢だったのだとうれしく思う反面督の君が男姿に戻って世に出ていったのを知らなかったなんてとあきれてしまった。そして明け方に男君が到着した。

左大臣は男君と対面し「大将はどのようにしていると聞いたのか」と男君に聞いた。男君は「女君は以前のような姿ではなく女姿でいました。『男姿では落ち着がずつらかったので元のように姿を変え、その姿に馴れてみようと、もうしばらくの間、姿を隠しております』といっていましたので意向に従って私だけが戻ってきました」と告げた。左大臣は夢のお告げそのままであると嬉し泣きまでし、女君が尚侍となり男君が右大将になればよいと提案する。男君は「長年閉じ籠っていた私にいきなりそのような交際はできません。ですのであの方の意向も確かめた上で決めましょう。まずはあの方をお迎えしてから改めて相談しましょう」と言い退出した。

宇治の女君は男君と会ったうれしさの名残がすべてが夢のように思われて、今では中納言に身を任せたままでいるのはおかしいことと思っていた。だが若君を吉野に連れていくのも具合の悪いことで、かといって、見捨ててしまうのもかわいそうだと考えていたが、親子の縁を切れるものではないし、あれほど誇らしい身の上であった私が、この子かわいさゆえに、こうしてまっとうな扱いを受けずに過ごしていていいものだろうかと、男として過ごしていた時の心の名残で強く決心した。そして女君は権中納言が四の君のもとにいっている間にここを出るのがいいだろうと決心し吉野の宮にそのことを知らせた。

脱出の日、人が寝静まるのを待つ間、女君は心中穏やかでなかったが、そんな素振りなどを見せず若君の顔を見つめて涙にくれている。しかしいざ脱出となると気持ちはいよいよ穏やかではいられず、かき乱れているが若君を乳母に抱き移した。女君はからだを引き裂かれるような思いであったが男として馴れ親しんできた名残の気丈さのゆえであろうか、きっぱりと思い切った。だが物影をつたってこっそり出かける時になって若君の面影がふと脳裏に浮かんできて引き戻されるような気持ちのまま、女君は車に乗りこみ翌日吉野に到着した。

吉野で女君は不愉快な思いが絶えなかった権中納言との生活から離れ心が安らいではいるが、自ら決めたこととはいえ若君のことが恋しくてたまらずぼんやりと考え込んでいる。男君はそんな女君の気持ちが理解できると、自分から春宮とのことなどを事細かに打ち明けた。そして二人はそれまでの立場の逆転を決心する。女君は男君に自分についてのあらゆることを教えた。女君はまた麗景殿の女性のことなどまで話し、四の君のことも「今は権中納言が面倒を見ているが昔の自分と同じように声をかけてあげて下さい」と話した。

男君は折をみては吉野の姫君たちに近づく。また一方宇治では権中納言が女君の突然の失踪を知り気が動転してしまい、捜し出して逢おうとも考えたが及ばず、悲しいばかりで沈み込んでいた。

中納言が沈み込んでいるうちに、四の君は今回もとてもかわいらしい姫君を産んだ。しかし四の君はかなり弱りきっていて、今にも死んでしまいそうになりながらも、父に会いたいと思っている。母上は「大変な事態」と思い、右大臣に泣く泣く報告した。右大臣はやはり恋しく思っていたので、このことを堪えがたく思い、「ええい、どうにもなれ。最期の時に会わないで死に別れてしまったらどれほどくやしくかなしいことだろう」と思って自ら四の君のところに行った。四の君を見ると、どんな人でも心を動かされてしまうだろうというほど美しいので、まして親の目にはかわいがっていた娘でもあり、「どうして勘当なんてしてしまったのだろう。つらい思いをさせてしまった。」とくやしくもかなしくもなり、「もうどうでもいい。仏よ神よ。私の命と引き換えにして君をお救いください。」と泣き惑い、自ら看病した。四の君も父上が看病をしてくれるのがわかり、父上の一生懸命な看病のかいもあって、容体は随分よくなり、右大臣邸に移す事ができた。中納言のほうも大将が突然いなくなったのがショックで何でも考えられなくなっていたので、四の君が「もうこれきり」と気を取り直したのも、折りとしては良かった。

吉野山ではいつまでもここにいられるわけもなく、左大臣や母上も心配させているので、こっそり京におでかけになるが、男君は宮の姫君と少しでも離れてしまうのが不安で、一緒に行こうと誘うが、宮の姫君は中の姫君のこともあるし、生活の差もあるしと断った。男君もそれもそうだと思い、春宮のこともあるし、きちんとすまいを整えてからお迎えしようと思った。

男君と女君は暗闇にまぎれて京に着いた。父左大臣は二人のすばらしい姿をみて、「このままいれかわってしまいなさい。反論する人などいないだろう。四の君も勘当が解かれて右大臣邸にもどっている。」というので、督の君は胸が張り裂けそうになる。

「督の君は容体が悪く臥せっている」と言いつくろってあったので、春宮からも使いがきていて、「宮もご気分がすぐれないご様子です。回復されたらすぐ参内するようにとのご意向です。」というのを聞いた男君の気持ちはつらいものでした。父左大臣もはやく参内しろと男君を急がすが、世の噂で「大将は権中納言の一件で心を痛めていたが、吉野での生活と父上の説得に心温められて山を降りた。」というのを帝もお聞きになり、とても喜んでお召しがあったので、男君は大将として参内した。

大将は四の君のことも、春宮を思い、吉野の姫君を本邸での正妻として、その二人の中にまぜるかたちならおいてみたいと思い、督の君に相談して手紙を書く。右大臣は「どうしたことか」と思ったが、四の君に返事を書かせる。返事のすばらしさに大将は心惹かれて、とうとう会いに行く。四の君はまさか別人とはおもわずおろおろしていたが、前の習慣は変わらないものと思っていたので、大将のあきれるばかりのお心の変わりように気が動転する。思いきって歌を詠んでみるが、かつての大将の真似をするので四の君に見分けがつくはずもない。

中納言は若君の成長ぶりをみながら大将のことを考え続けていた。人伝てに語る人がいて、それを聞いた中納言は大将が参内したという噂を聞き、たいへん狼狽する。顔だけでも見たいと思い、陣の定めには来るだろうと見当を付け参内すると大将は来たが、話をかける隙も与えない。一晩中考えて、堪えきれず大将に手紙を出す。今大将はそれを督の君にみせて、返事を書かせる。それを読んで中納言は、「身から出たさび」と思うが、とにかくありったけの詫びの言葉を書き尽くして返事を書くのだった。

 

第四巻

新尚侍は十一月末日にそしらぬ顔で春宮御所に参上した。女春宮は、あきれるほど長く音信不通になっていた思いがしたので、新たな気分で珍しくもうれしくもあり、早くこないかと待ちどうしく思っていた。一方、新尚侍の方は会いに行っても女春宮が自分の事をどう思うのだろうと考えると、気の毒であり、気恥ずかしくもあって、語り出す言葉も思い浮かばないでいる。女春宮がたいそう苦しげに横になっている様子が小柄で体もそこにないように見えるのに、お腹だけは盛りあがっている様子を見るのも心苦しく感じる。そばに寄り添うと、四の君と無心に夫婦として暮らしていた時の事を思い、あれこれ感無量の思いであった。女春宮は、新尚侍を以前の尚侍と別人とはまったく気づかず、日頃のつらさや悲しさなどを、なんの下心もなく新尚侍に打ち明けた。

一晩明けて、新尚侍は兄君から託された手紙を女春宮に渡すが、女春宮はこれが女装していた以前の尚侍の筆跡であることに驚き、理解に苦しみ涙にくれることになる。いよいよ事情を打ち明けようとするが、母親代わりの春宮の宣旨がやってきて、春宮の妊娠の原因は新尚侍が知っているものとばかり、ねちねちと責めたてる。ふたりの女性を前に、思わぬ窮地におちいった尚侍は、しばらく考え最善の思案をめぐらして、春宮の宣旨に、自分自身の諸事情や右大将に言われたことを全て説明し、また、「春宮の宣旨といっしょに女春宮の体を心配することができたて頼みの綱が生じたような気分でうれしい。」と慎重に考え答えた。その姿は、かつてより道理をわきまえた態度、受け答えのたしかなことなど、春宮の宣旨は同性ながらすっかり魅せられてしまい、なおいっそうくわしい事情を知りたくなって言葉をかけた。一方、疑問の解けないのは女春宮であるが、あれこれ思案して、どうも自分のところへ通ってきたのは右大将らしい、この目の前にいる尚侍は以前の女装の男と別人らしいなど、ともかくこの目の前の人が初めて見る人とわかっていくと、恥ずかしさと悲しさで目もくらむ思いであった。

その夜、ひそかに新尚侍の手引きを得て、新右大将は女春宮のもとを訪れた。新右大将の真実の告白を受けた女春宮は、男が我が身ばかりを大切に思って女を忘れはてていたということを述べた。その後も新右大将のひそかな訪れはあったけれども、いったん男というものの本質に気づかずいた女春宮は、苦しみながらも男のわがままをはねのける勇気を持った。この頃女春宮の心は完全に新右大将から離れていた。

帝は、春宮の病気のことも心配であるが、かつて尚侍に寄せた気持ちを今も忘れられずにいたので、「春宮の病気のお見舞いにことよせて梨壺へ出かけてみよう。」と思うようになった。ひっそりとした昼ごろ、人目をしのんでお出かけになって、御帳台の後ろにそっと隠れてみると、女春宮に寄り添っている姿に「たいそうかわいらしい人だ」とふっと目にとまる。

十二月にもなると、出産も間近になり新右大将もこっそりと何度も参上するが、女春宮は、そのことを「今さらなんだ。」とまで思う絶望の心を抱いていた。また、帝の方は執心のあまり、右大将に尚侍の私室への手引きを頼むが、妹の幸福を考える右大将は正式の后妃としての入内という手続きを考える。しかし気の毒なのは女春宮である。

春宮は今右大将の顔にそっくりな子供を生むが、世間に公表することが出来ないので、こっそり中納言の君が子供を抱いて左大臣邸に連れて行く際、あらかじめ今大将は母上に知らせた。しかし世間体に向けては「大将が忍んで通っていた女性に出来た子」と取り繕った。

大将は以前のように右大臣邸で寛いでいることはなく、さっさと帰ってしまう。また吉野山の姫のもとにも十月か十一月かに四・五日行ったきりである。

春宮は出産後もなかなか病状が回復せず、「院の上にもう一度逢いたい、そして尼になりたい。」と言っていると、それを聞いた院の上は落着ける場所に移すことを考え、年内に朱雀院へ退出するように命じた。

この事態の意外な展開に驚いた帝は、左大臣が参内したときに「院の上がおられるから督の君が行かなくても…」と問いかけてみると 左大臣は「仰せのとおりで」と答えるので、帝は督の君に対する思いを伝えると大臣はいい加減な気持ちでないことを悟る。そして春宮が退出してからも院の上がいっしょにいるので、督の君は宮中に留まることになった。

中納言は身に添う影のようにして大将に付きまとい、話の出来る機会を伺っているが、大将は恨みごとをいわれていちいち応じる気もないので遠ざけている。

年が明けると大将は吉野山の姫君を迎えることを決め、二条堀川の三町の土地に壮大な豪邸を建てることにした。本来なら四の君を正妻として迎えるべきだが、中納言との一件があるので、その気になれない。

正月の行事が一段落ついたころ、帝は督の君のことが気になるので、宣耀殿のあたりを徘徊していると琴の調べが聞こえ、その音が督の君のものだと直観した。ちょうどその時、妻戸が開いていたので、こっそりと忍び込むが、誰も気が付かない。帝は今夜こそと思い、じれったく女房たちが寝静まるのを待ち続けた。

督の君はいつになく昔のことを思い出していると涙が出てくるので布団を被って寝てしまう。それを見た女房たちは督の君が寝たのだと思い、さっさと寝てしまう。

帝は誰もいないことを確認してから督の君の布団の隣に入ると、督の君は咄嗟に中納言が夜這いをかけてきたのだと思い込み、腹立たしく思い、衣を引き被って身動き一つもしなかった。この誤解を解くために帝は今まで督の君への思いを涙がらに、訴え続けると督の君は中納言でなく、帝であったことを認識した。またこのことで、帝はやはり督の君にとって最初の男でないことを知った。しかし退出する際、何度も何度も結婚の約束をしてから退出して行った。

帝は昨夜のことが忘れられず、手紙を出そうとしたが、女官だと返事がもらえそうもないと考え、右大将を呼ぶことにした。大将に手紙を託す際、ただ普通の手紙だと言い繕うが、即座に見抜かれてしまう。

宣耀殿に向かった大将は督の君と面会すると、督の君は気分を悪そうにして「胸のあたりがさしこみますのでおさえておりました。」というので大将は帝と督の君との間に何かあったのだと確信した。そして帝から預かった手紙を渡すが一向に開けて読もうとはしないので、すぐに返事をもらわなければならないことを伝えると、「ただ拝見しました」と伝えるように大将に言う。大将はこのことに納得して戻ると、「普通の懸想文と思われたのであろう」と帝は残念がるが、諦めず再度大将に手紙を託す際、「あの方をいとしく思っているので、今夜あの方の所にお導きください」と言うと、「やはりそうか。」と大将は思い退出した。

大将はこのことを隠していられなかったので父左大臣に報告するとうれしくて仕方がなく長年の苦の種もやっとなくなり、安心した。

その後の帝は昼も夜も督の君の側を離れない。

右大将が新造した二条殿に、吉野山の宮の大君を引き取るために吉野へ向かい、三月十日ごろ着いた。吉野の宮は長年の希望が叶って、娘を手放す気持ちは、喜びつつも別れの悲しさを口にせざるを得ない。吉野を出発する日に中の君もいっしょに京へ行くことになり、それぞれに不安を抱きつつ山をおりることになった。大将と吉野山の宮の大君は同じ車に乗り、中の君は二人の後ろの車に乗った。一行は途中で一泊してから京へ入った。三区間にわけた御殿の中央に位置する建物を、常住の場とするということによって、右大将の正妻格として迎えられた。東側の建物には、いずれは右大臣の四の君を、西側の建物には、尚侍や女東宮のための部屋として用意している。右大臣家の四の君と左大臣家の尚侍と、二人の女性が妊娠した。今度こそまさしく右大将の子を妊娠した四の君は、かえってはずかしさを感じ、右大将もまた純情な吉野山の宮の姉宮に妊娠の兆しのないことを嘆く。一方の尚侍の妊娠は、帝の限りない愛情をさらに増すばかりか、男皇子のいない状況から、もし、皇子誕生となれば、父左大臣や兄右大将の権力をも倍増させることになる。

権中納言は、まだ右大将と尚侍とが、それぞれの本性に戻って入れ替わった職についたことをまだ知らない。女装に戻って子を生んだ右大将が、再び男姿に戻って出仕しているのだ、と思いこんでいる。あまり楽しくない日々を送っていた権中納言は、ふと気がつきいた。自分一人が苦しんで去っていった女を、なお忘れがたく思っているが、いったい女のほうはどう思っているのだろうか。男姿で身が自由でないといいながら、こんなにも思いきり良く縁を絶ってよいものだろうか。何を考えたのか、権中納言は手紙で右大臣家の四の君につかえる左衛門を呼び出すことにした。左衛門は、音信不通の権中納言からの便りを見てこっそり参上することを旨を伝えた。権中納言は人目にわからない車を左衛門のもとに差し向けて待った。左衛門は四の君だけに内密に報告し、表向きの理由をつくり権中納言の所に参上した。

権中納言は次第に心変わりした四の君に恨みを言う筋合いはないが、せめてもう一度会いたいと左衛門に言う。これに対して左衛門は、右大将の以前と今との変わりよう、四の君の新たな妊娠、右大将と権中納言と二人の男に愛された不幸がもたらした四の君の立場など、際限なく語り続けた。左衛門の話を聞いている権中納言はいつしか非難されている自分を知って、かえって言葉を失い、また左衛門との話に合点にいかない。権中納言は言葉少なにひどく心乱して「夜も明けましたので」と言って左衛門を帰してしまう。

左衛門はこっそりと先程のことを話すと四の君は泣いてしまったけれども、心はもはや権中納言にはなく、今はひたすらに右大将を愛している。右大将自身は、権中納言と四の君との縁も切れ、尚侍への愛も忘れ、権中納言があの女姿の宇治の人を失った悲しみにむしろ誠実さを取り戻したと見えて、吉野山の宮の中の君の結婚相手にどうか、とまで思っている。が、決定までには至っていない。

今大将は督の君が世間話のついでにお話になった麗景殿の細殿の女性と一夜をすごした。

朝になり二人は戸を開けて語り、その様子をかげで中納言が見て、聞き耳を立てていると、どうやら二人は一線をこえたということがわかった。中納言は女性のはずの大将のこの話に驚いた。信じられずに大将が一人になった時大将を間近で見た。

すると、ひげが生えているのがわり、またも驚く中納言をしりめに大将はその場を去った。中納言はこの人は(昔)大将本人ではなく、そのゆかりの人だろうと思った。

そこでなんとかこの人を通じて(昔)大将に会おうと思い二条殿へ行ったが、大将は不在であった。がっかりして帰ろうとしたころ琵琶と琴の合奏が聞こえてきた。その演奏のすばらしさに奏者に興味をもった中納言は中の様子をうかがった。するとちょうどよい月が出てきて、中の人々もみすを上げ月をみはじめ、ちょうど中がよく見えるようになった。

奏者は美しい吉野の姫君達で、中納言は督の君とのことでおさまっていた好色癖がまた顔をだした。なんとか自分をアピールしようと思ったのだが、大将の住まいで好色事をしでかすのはやめようと思い直し、後ろ髪をひかれるおもいでその場を去った。

六月十余日に督の君の住まいで詩作会が催された。そこへ大将から中納言への使いが、中納言のところに来た。詩作会に招かれた中納言は(昔)大将に会えることを期待していたが会えたのは琵琶をひいていたあの姫君なのであった。

大将にうらみごとをいう中納言であったがいつしか姫君のおかげで心がなごみ、そのうちに姉のほうにまで目を向け出すのであった。

七月入ると、尚侍が妊娠五ヶ月と奏上して、大将の二条殿へ里下がりした。尚侍は今の我が身につけても、最初に産んだ若君のことを思い出す。今は大将との縁で、尚侍のこの二条殿への里下がりの間も、中納言がずっと吉野の姫君のところに来て、侍女たちと語らいふざけたりしていかれるのを聞くと、尚侍はこの男と昔から見苦しいほど馴れ親しんで、お互いに何の隔てもなく語りあっての挙句には、あきれたことに風変わりな身の有様まですっかり見せてしまった運命も、しみじみ感じない訳でもなく、まして二人の間に生まれた若君の無心の笑顔を思い出すと、この男の声や気配を聞くたびに、浅からず心を動かされて涙のこぼれる折々もあるが、「これを見咎める人でもいたら変に思うだろう」と、そっと涙を拭いまぎらわす。

右大臣家の四の君も、二条殿で出産の予定で、八月下旬に移ってきた。四の君は、二人の姫君たちをやはり具合が悪いのでここには連れてこないが、大将も、「どうしてお連れにならないのですか。是非」とも勧めないので、「世間の噂は、嘘ではなかったのだ」と、右大臣なども想像していた。

九月一日ごろ、四の君に若君が生まれた。尚侍はこれを聞いて、様々な過去の出来事を思い出し、今時分のこうした状態はまるで夢のようだと思うのだった。今度の若君は、姉君たち二人には少しも似ておらず、ただ大将の顔をそのまま写し取ったかのようである。引き続き、尚侍に男宮の誕生があった。長年春宮候補の男宮も生まれないので、帝が夜昼祈念し、多くの神仏に祈祷した成果が会ったのだろう。華やかな一族の女性に皇子誕生のあったことを、誰もが類まれな幸福だと思い驚く。三日の夜は左大臣、五日は春宮の大夫、七日は内裏から、九日は大将と、それぞれ競い合って心を尽くして祝った様は、まことに素晴らしい。通常のしきたりの上に、さらに工夫をこらして管絃の遊びや何やらとこの上もなく仰々しいのにつけても、尚侍は最初の若君が生まれた時のことを忘れる時がない。

その頃、大臣の任命があって、右大将は大将を兼任したままで内大臣になった。順次に昇進して、中納言は大納言になった。

大納言は、宇治の若君を二条殿に迎えて吉野の妹君に預けた。若君の乳母は、あさましくも姿を隠した方の出自を、この吉野山の宮の姫君ではないかと推察していたが、実際に会ってみるとかつての女君ではなかったので、とても残念に思うのだが、この女君も愛らしく、実母以上に若君をかわいがるので、次第に親しくなり当時のことをいろいろとお話になる。

万事思い通りで、素晴らしい慶事ばかりが続いて、新年になった。正月、若君出産五十日のお祝いのころ、若君が春宮に立ち、もとの春宮は院となり、女院と申すことになった。尚侍は女卿の宣旨を受ける。間もなく、四月には中宮に立った。大納言は、大将の信頼が厚いということで、中宮大夫になったが、中宮があの宇治の橋姫と気づかないのは気の毒である。

宇治の若君が今ではとても上手にしゃべり、走り遊ぶのを見ると、大納言は、忘れない昔のことがまず思い出されて、吉野の妹君なら事情を知っていることもあろうと考え、時々様子をうかがって尋ねるが、女君の方は事情もわからぬ様子である。女君は、そのことにかもと思うことはあるのだが、誰かにとっても奇妙な話を自分がきっぱりとお話しするのもおかしなことだと思い、かたく決心して話さないので、大納言としては大変じれったい。

あっという間に歳月も移り過ぎて、中宮は、二の宮・三の宮や姫宮まで出産したが、「こうなる運命だったのだ」と、誰しも事を大目に見過ごし、そばの女御たちにしても妊娠しないわが身を恨むほかなかった。右大臣家の女御は、他の人より前に入内なさっていて。「私こそ」と思っていたので、こうしたとんでもない世の事態につきあって行くのも気がひけて、里に下がってしまわれたと聞くと、中宮は「昔、四の君とのご縁で右大臣に恨まれた報いで、また宇治の橋姫のような状態で物思いをしていた当時、四の君のせいで男を冷たいと思い込んだ報いでこのように見捨てられているのか」と感じたが、またしても自分のせいでこの女御が世を恨んで里に下がってしまったことで、因縁があるとはいえ、恨みが絶えそうにない両家のかかわりにやりきれなさを感じている。

右大将の方でも。四の君のお腹に男三人が続けて生まれていた。左大臣で成長した若君も、今では成人して、吉野山の姉君の養子となってかわいがられている。

官の大納言も、吉野山の妹君のお腹に姫君二人と若君とが生まれたが、下の姫君は、右の奥方が特に希望して、この若君と、左右に置いてかわいがっている。

大納言の隠し子の宇治の若君も、すっかり成長し、内裏に出入りしているのを、中宮は見るたびに、とてもいとしく辛い思いをしているが、ある日の昼下がり、二の宮と若君が中宮の部屋に来たのだが、二人はとてもよく似ていて、特に若君のほうが美しく愛敬があり、しみじみとしてしまう。あたりに人もいないので、中に入るように言うと、二の宮は入ったが、若君が入ろうとしないので、「心配はいらないから、あなたもお入りなさい」と言うと、縁側に正座した。その姿を見ていると中宮はせつなくなり、涙を流しながら、「母親に会いたいと思うのならこのあたりにいつでもいらっしゃい。こっそり会わせてあげましょう」と若君に言って別れたが、十一歳になった若君を見送っては泣き伏してしまう。だが、そのとき偶然中宮のもとにこられていた帝に見られてしまい、若君が中宮の子であるのが知られてしまうが、帝は長年気掛かりだった不審の念を取り去ってくれたとうれしいのであった。とはいっても帝はもっと様子が知りたいので、今きたかのように中宮の前に来ると、涙を拭いている中宮が若君とそっくりなのに、今までなぜ気が付かなかったのかと苦笑いを浮かべる。そして帝は、それとなく中宮に、「若君の母親が誰だか知られていないが、一体誰なのか」と微笑みながら聞くが、中宮は何とか切り抜ける。そして、顔を赤くして背けてしまった中宮の愛らしさに帝の愛情はますます深いものとなる。

若君は、先刻の名残で、なんとなくしんみりした気分で退出して、こっそりと、「母上かと思われる人を見た父君には知らせないでとおっしゃったので、申し上げまい」と言って、ひどく悲しげに涙を浮かべているので、乳母がどのような人かと聞くと、「たいそう若々しく愛らしげで、こちらの母上よりも気品高く、私が母だと言葉には出さなかったが、母は生きているとおっしゃってひどく泣かれた」と言って、しんみりと考えこんでいるので、どこにいるのか聞いてみると、「父君に申せ、と御返事があった時に申し上げよう。今は言ってくれるな」と乳母に口止めするなど年の割にしっかりしていると、感心する。

右大将は麗景殿の女をさすがにゆきずりの女として思い捨ててしまわれるのも気の毒なお人柄なので、こっそりと通ってるうちに、たいそう愛らしい姫君が一人生まれた。右大将は四の君の生んだ姫君達以外には女の子はいなかったので、二条殿へ迎えようとしたのだが、麗景殿の女御が妹の身の姫君をたいそうかわいがって、手放そうとしないので、右大将は「それでもいいだろう」と思い、二条殿へ連れていくことをあきらめた。

年月はさらに過ぎ去って、関白左大臣は出家し、右大将が左大臣になり関白を兼任する。大納言は、内大臣で右大将を兼任する。帝も退位したので、春宮が帝位につく。新関白の四の君腹の姉君が女卿として入内して、藤壺に入る。引き続き、この麗景殿で育った姫君が、東宮の女御として入内する。

何もかも思い通りで満ち足りた中でも、内大臣だけは月日が過ぎても、いまだに理解できない宇治での出来事が気がかりで、三位の中将となった若君の成長が進むにつれ、他人より際立った姿、学力など見るにつけ、「どんな気持ちで、行方をくらましたのか」と思うと、わびしくもつらくも恋しくもあり、深い悲しみにひたっている。