◆世界カヌー転戦記◆ 経済学部4年 金谷 徹君
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金谷(かなや)君に一言 ● 日本選手権 2008/12/17 みなさん、お久しぶりです。 日本選手権の報告、遅くなってすいません。 日本選手権から早2ヶ月。 その間、文化祭でSEAMOのライブにいったり、留学生の同窓会があったり、 富山にお寿司を食べに行ったり、友達の結婚式に出席したり、家の真向かいの飯能の地酒「天覧山」を実家に送ったり、 その実家からお怒りの電話が掛かってきたり。 普通に色々ありました。 そうそう生まれて初めてディズニーランドにも行きました。 日本選手権で今年のシーズンは終わり、いつもはあまり出来ない(むしろしない)ことに時間を割いて、リフレッシュしました。 現在はというと、寒いからカヌーはお休み。 というわけにはいかず、結構普通にカヌーに乗っています。 さてさて、日本選手権の結果ですが、我らが矢澤君が見事”優勝”で今シーズンを締めくくると共に、来シーズンの日本代表の座を獲得しました。 彼のコトは置いといて、僕はというと13位omg。※
仕上がりとしては今シーズン最高かとも思えるほど調子もよく、13位という成績はもちろん不本意ですが、
調整の仕方はすごいよかったんじゃないかと思っています。
この成績の直接の原因はコース終盤での大きなミスでした。全体としても小さなミスがあって、
かなり焦って漕いだのがいけなかったのかな。と思っています。
ところでですね、実はこの試合は学生生活最後の試合で僕たち4年生は部活を引退するはずなんですけど、 もちろん僕はカヌーを辞めるつもりはないので普通に部活に参加しています。 今シーズン下半期の成績は人に報告できるようモノではないので、 来シーズンの競技生活がかなり厳しくなると思いますがそろそろ来年の進路も決まりそうです。 別に楽観してるわけではないんですけど、今はやれることをやれるだけやるしかないんで、悩みはあっても迷いはありません。 ※大学注 omg:Oh My God(オー・マイ・ゴッド)の略。『何てこった!』 ● チャレンジおおいた国体 - 結果 - 2008/10/11 国民体育大会カヌー競技スラローム種目は25個のゲートを使ったコースと15個のゲートを使ったコースの2種目で行われる。 前年度までは決勝2本の合計で争われたが、今年からは予選2本の合計の上位10名が決勝に進み、 そして決勝2本の合計で争われる。男子の場合10位以内に入るであろう実力を持つ選手が11〜13人出場したので、 予選から手を抜けず、一日に4本本気で漕ぐことになった。 まず1日目の25ゲート。予選は何の問題もなく7位で通過。感想は「なんかしっくりこなかった。」決勝1本目、9位。 「しっくりこなかった」・・・予選のときに気づくべきだった。ライン取りがそもそも間違っていたので、 いくら漕いでも遠回りしているだけでタイムが伸びなかった。決勝2本目、ラインを修正できるかが鍵を握った。 1本目と比べて6秒縮めることができた。その結果、なんとか7位入賞。ギリギリ・・・アウトですね。7位って。アウトでしょ? 中1日で臨む15ゲート。台風接近により急遽予定が繰上げられた。15ゲート決勝1本勝負。ミスれば終わり。 ただ一日に1本漕ぎ抜くだけ。このレースは本当に面白かった。でも結果は9位。国体入賞できず・・・。 2種目とも同じような理由でダメだった。本来の漕ぎをまったくできていない。姿勢、漕ぎ方に至るまでまったくダメだった。 もう最悪。 次に控える日本選手権までにこのダメな部分を如何に修正するかが、そのまま日本選手権の出来に結びつく。 というか今週末、日本選手権です。ダメだったところはしっかり修正できました。 具体的に言うと下半身の力の使い方を水上練習ばかりしていて忘れていたことと、 無理にいい姿勢で漕ごうとしすぎて背中がカチカチに固まっていたことです。 もう大丈夫なはず。後はレース中にちゃんと、この短い期間に気づいたことを忘れなければ気持ちよく漕げるはず。 ということで、今週末、11日土曜日と12日日曜日はジャパンカップ最終戦と日本選手権が行われます。 場所は青梅市御岳。大学からだと金子駅から八高線で拝島駅で乗り換えて青梅線で青梅駅へ、 青梅で奥多摩線に乗り換えて御岳駅へ。会場は駅のすぐ前です。 みんなこの1年間の集大成の試合で気合十分です。日本全国から集まったトップ選手の漕ぎを一度に見られるのは今だけ! オリンピック選手も出場します!今週末の予定が決まってない方、 「今週末は休みなのにすることがなくて暇だ〜」という方は是非、ハイキングがてら御岳まで僕たちの試合を見に来てください! ● チャレンジおおいた国体 - 長い道のり - 2008/9/27
2008年9月24日水曜日、午後10時30分、飯能市加治橋の自宅を出発。国体が行われる大分県に向けてだ。
まずは兵庫県の監督である父と合流するため神戸の実家を目指す。 高速に乗るため八王子へ。八王子ICに着くのに1時間弱かかってしまった。 彼女を金子駅に送っていたことが仇となったようだ。前に並ぶ大型トラックがやる気を奪う。
高速に乗る直前に-あなたの街のホットステーション-ローソンへ。
ここでの栄養補給が今後の鍵を握ることは言うまでもない。やはり栄養ドリンクはレッドブル-翼を授ける-。
ここで日本人ならリポビタンD-ファイトイッパツ-をチョイスするところだが僕は欧州風にレッドブル。
元々レッドブルはタイの飲み物らしい。
日付が変わり25日木曜日、午前1時前、諏訪湖SAにて仮眠。3時半に起きるつもりが1時間寝過ごしてしまった。 スヌーズ機能め。 午前5時25分ごろ、恵那峡あたりで日の出を見る。太陽の眩しい光がやる気を奪う。
そのまま走り続けること4時間。我が故郷・神戸-がんばろうKOBE-に到着。飯能の自宅から神戸まで走行距離560km。
走行時間7時間半。この戦いがまだ半分も終わってなかったことをこのとき、僕が知る術はなかった。
久しぶりの実家にて3時間の仮眠をとったところで父の口から信じられない言葉が。 「行けるとこまで下道で行くぞ。」 午後2時ごろに実家を出発し、車を国道2号線を延々西に走らせる。そこから先はあまり覚えていない。 26日金曜日、午前8時30分、大分県別府市近郊の試合会場に到着。公式練習開始の実に30分前だった。 ここまでの走行距離1370km。 長い一日だった。 ● 北京オリンピック 2008/8/28
今年の3月に留学期間が終わり、ヨーロッパを発つときには
「もう来ないかも」 というネガティブな意味で「もうカヌーは今年で終わり」という気持ちでヨーロッパをあとにしたけど、 今回は、「来年も必ずまた来る」。そういった断固たる意志をもって帰路についた。 自信を持って臨んだけどダメだったワールドカップ第1戦。 よくわからないまま終わったワールドカップ第2戦。 疑問を待ったままやっぱりダメだったワールドカップ第3戦。 そして、その後の練習でも何が悪いかよくわからなかった。 しかし、帰国直前の3、4日・・・確かな手応えがあった。 今回の遠征での唯一で1番の成果は「自分がまだまだ速くなれる」ということがわかったこと。
さて、話は変わりまして、4年に1度のスポーツの祭典「北京オリンピック」です。
わが駿河台大学からは矢澤一輝くんがK-1という僕と同じ種目に出場。
日本は他の3つのカテゴリーもすべて出場という日本カヌー界の歴史に残る快挙を成し遂げたんですけど、
これに止まらず、なんと女子K-1の竹下百合子選手(早稲田大学)が4位!
僕も駿大の矢澤君応援ツアーに同行させていただき、残念ながら女子の決勝は見られなかったんですけど、
生でオリンピックを観戦できました。
男子K-1の1位は以前にも転戦記に登場したドイツのアレキサンダー・グリム。 2位は僕が一番憧れているフランスのファビアン・レフェーバ。 そして3位はカヌースラローム始まって以来の黒人メダリスト、トーゴのベンジャミン・ブクペティ。
オリンピックはやっぱり特別だな〜」と思ったのはこのベンジャミンだったり、
オリンピックの力を得て自分の持っている実力以上のモノを出した選手がいっぱいいたこと。
そんな大会の中でもやっぱり強い選手は強い。
今大会で引退のオーストリアのヘルムト・オブリンガー(38歳)とカナダのデビッド・フォード(42歳) も熟練の強さというか、間違いなく上位に食い込むレースをしてくる。 彼らの漕ぎは昔から日本人なら誰もがお手本にしてきた漕ぎだし、そんな誰もが憧れる選手たちの引退試合を見られ、 僕自身のカヌー人生においても貴重な経験になりました。オブリンガーは今後日本人のコーチをしたいと言っていたので、 卒業後に駿大に呼んでもらって、僕も混ぜてもらえたらと・・・ 彼のボートに乗っている僕は彼の意思を継げるような選手になりたいです。 矢沢君は予選18位で残念ながら予選落ちでした。 矢沢君は僕たち日本男子K-1の代表として出場しているので、 少しでもいい成績を残してもらいたかったところですが、「予選落ちかよ」 というアンチな気持ちは僕にはありません。ほんとに一輝らしい漕ぎだったし、 ほとんどミスもなく、あの漕ぎでダメだったのなら、今の日本人で誰が行ってもダメだったと思います。 同じく予選落ちに終わった幼馴染のC-1の羽根田卓也選手もすばらしい漕ぎを見せてくれました。 2人とも成績こそ出ませんでしたが、4位になった女子の選手や準決勝に残ったC-2の選手たちよりも、 僕にとってはかっこいい存在でした。でもやっぱり二人とも悔しそうでした。 一輝は次のオリンピックでリベンジすると言っていましたが、そこは譲れません。 次に出るのはこの金谷徹・・・であってほしい。 僕の周りの選手はみんな同じことを言っています。 「次は自分。」 今年は幸か不幸かワールドカップに出場し、オリンピックも観戦でき、 世界との差を目の当たりにしました。世界との差を埋める前に先ず国内から。 この後にある国体と日本選手権で安定した成績を残せるよう、この夏は練習あるのみです。 ● ワールドカップシリーズ終了 2008/7/12
プラハのコースのレストランのお姉さんはロックな感じでとてもかっこいい。
僕はかっこいいお姉さんが大好きです。これ、ここだけの話。
最近、日本語で「アリガトウ」と言ってくれる。とてもかわいい。
目が合うと「うふっ」って笑ってくれたので、僕も「うふっ」って笑おうとしたとき、大切なことを思い出した。
これは僕のカヌーに関する話だった。 さて、ワールドカップの報告です。 第2戦の会場はスロベニアの首都リブリヤナ郊外のタッツェンというところで行われました。 このコースに行くのは初めてでした。カヌーを長くしていて、 「初めてのコース」というのが少なくなってきたのでとても新鮮でした。
このコースのスタートはダムの放水口です。そこから一気に滑り台のような急斜面を滑り落ちます。
「滑り降りる」というよりは「滑り落ちる」という表現が合っているように思います。
このスタート直後のパートで2本持ってきたパドル(漕ぐやつ)を両方とも壊してしまいました。
スロベニアにはパドルを壊しに行ったようなものですね。
試合のほうは実は自分の中ではいい漕ぎが出来たように思っています。 これ、ここだけの話。 ここが一番の問題。 自分で、このレースのどこが悪いのかよくわかっていないんです。これ、ここだけの話。 だからなかなか反省のし様が無いんです。自分ではいいと思ってるから。 これはひょっとして自信過剰?・・・いや、そんなことはないはず。 まだ自分の実力が自分の自信についてきてないだけですね。まぁ、それを「自信過剰」とも言うみたいですけど、 方向は間違ってないと僕は信じています。そう信じたい。
第3戦はドイツ・アウグスブルグ。ここって、いわゆる地元ですよね。いわゆる。
予選1本目。 スタートに着いた僕に何の気負いも緊張も無い。 去年、何回も繰り返したようにスタートしてゴールするだけ。 やらなきゃいけないことは体が全部憶えている・・・はず。 スタート・・・ そしてゴール。 なかなか悪くない手応え。 ゴール付近の電光掲示板に僕の名前は無い。 ・・・ ・・・? なんとペナルティ50。 ペナルティ50とは通れてないゲートがあるということ。 というか僕が通ってないだけなんですけどね。 ほんとに通れてなかったです。 たしか、去年のドイツでの初めての試合で50した以来の50でした。 そんなこんなで今シーズンのワールドカップシリーズは終わりです。 いわゆる、惨敗ってやつです。 いわゆる。 プラハでの第1戦は準決勝に残れそうな気配もあったし、予選落ちでもそれなりの収穫があったんですけど、 あとの2戦は予選1本目が終わった時点で予選通過がないことがはっきりわかるようなレースになってしまいました。 もっと一戦一戦に意味があるレースをしたかったのに、1本目からミスをしたこともあり、第1戦とは違って、 何を得たのかわからないようなレースになってしまいました。 夏休みが終わってすぐ今度はスロバキアで世界学生大会があって、その代表にも選んで頂いたんですけど、 今回の成績なども踏まえて、その大会には参加しないことにしました。 学生大会に参加できるのは今年で最後で、是非出たいとは思いますが、 今はその大会の出てもしょうがないんじゃないかと思います。今は早く日本に戻ってもっと基礎的な、 根本的なことから練習したいと思っています。 パドルの握り方から。 今回、唯一これは間違っていないと思える課題。 パートごとの技術なら世界でもそれなりに戦える。でももっとその技術を磨かなければいけない。 それなりではなく、世界中の人が目を見張るくらい。 先ずは、今の技術をレースの最初でも中盤でも最後のゲートでも同じように出来るような 絶対的な基礎体力と筋力をつけなければいけない。 つまり、まだまだ下手くそだし、それ以前に体力がない。 言葉にするといいですね。 課題が明確になった感じです。 明確になったはいいですけど、なかなか大変そうですね。 でも、やらなきゃいけないことがはっきり分かてるほうがいいですね。 日本選手権までの3ヶ月間、僕はもう日本代表でもなんでもなく、ただ一人の選手です。 日本選手権では自信過剰ではなく、これからの3ヶ月間の練習が自信になるような、そういう練習をしていきたいです。 ● ワールドカップ第1戦の成績・・・ 2008/6/23 51位予選落ちです。 「どうしたんだろう?」と思った人もいると思います。どうしたんでしょうね。 予選落ちの大きな原因は2本とも大きなミスをしてしまったことによるタイムロスと、ペナルティが多かったことです。 「ワールドカップシリーズ出場は初めてで、どのくらいの成績が出せるのかは正直わからない」 という気持ちが試合前にあって、「それなら自分が一番速いと思うことをやって、一番いいレースを予選でしよう」 と思いました。で、その一番速いと思っていることをことごとく失敗し、そのタイムロスだけじゃなく、 全体的にもスピードに乗れなかった気がします。それでもタイムは予選通過のラインだったことも事実で、 「それなら普通にやれ」っていう話もあるんですけど、それは今回初めて出場してみて勉強できたことです。 予選は通過することが全てだということ。予選は予選を通過するために漕がなきゃいけない。 それは日本の試合で勝つためにする漕ぎとはぜんぜん違った、もっと「堅い漕ぎ」をしなければいけないということ。 「堅い漕ぎ」というのは絶対ミスをせず、ペナルティがないような余裕のあるライン取りと漕ぎ方をしなければいけない ということが、ひとつ勉強になりました。それでもそれは矛盾しているようですが、手を抜くということではありません。 今回の試合でもすごい強い選手たちもちょっとしたミスで予選落ちしていることが多くありました。 ところが矢沢君は予選22位。手を抜かず、尚且つ余裕のある堅い漕ぎ、間違いのない漕ぎをしなければいけないということですね。 さて、次の第2戦の会場はスロベニア・タッツェンです。このコースは初めて行くところで、 「初めて」というのがちょっと不安要素でもありますが、今回勉強したことを活かして、 今回の結果がただだめな結果ではなく、次に繋げられるようにしたいです。 ● ヨーロッパ遠征スタート 2008/6/12 ヨーロッパに遠征して早くも1週間が過ぎました。と言っても実際練習したのは今日を入れて5日間だけです。 あと日数は荷物の不着でミュンヘンに1日足止めされたのと移動で潰れてしまいました。 こちらの気候は梅雨入りした日本と違い、気温も20℃前後ですごしやすく、カラッとしていて湿気も少なく、 洗濯物を部屋干ししてもその日のうちに乾くほどです。湿度が低いのはいいんですけど、 その分お肌が乾燥してカサカサになるのは困ったものです。シャワーの水も日本のよりもだいぶ硬水らしく、 髪の毛もギトギトになります。 「男が何を言ってるんだ」と思われるかもしれませんが、 化粧水も最近流行の「ヒアルロン酸」配合のものを日本から持ってきましたし、リンスもちょっといいやつを買いました。 ミュンヘンに余分に1泊したので、夜ゆっくりすることができたのは少しいいことでした。 と言うのは次の日朝早く移動だとあんまりお酒も飲めないので、 余分に1泊したおかげでミュンヘンの留学生の友達とビアホールに行けたからです。 プラハに移動してからもチェコのビールを何回か飲みましたが、個人的にはドイツのよりチェコのビールのほうがお勧めです。 ドイツのビールは種類が豊富です。その分楽しめるとは思うのですが、 やっぱりビール界に革命を起こしたチェコのビールはおいしいです。 ドイツのビールにはよく飲まれるヘレス(明るい)と、小麦を原料とした白濁したヴァイス(白い)と黒ビールのドゥンケル(暗い)、 日本ではラガーと呼ばれる苦味の強いピルスという種類があります。もしかしたらもっと色んな種類があるかもしれません。 このビールの種類の話・・・前もしましたね。 で、ですね。そのピルスっていうのはチェコのピルツェンの世界的に有名なピルスナーって言うビールが由来なんですけど、 日本のラガーも多分このピルスナーを参考に作っていると思います。 最近、チェコも物価が上がってきて日本円とのレートが高くなってきているんですが、 それでもビールは日本よりもだいぶ安いです。ドイツでもチェコでも500mlをスーパーで買うと150円くらいで、 お店で飲んでもオレンジジュースと全然変わらず200円ちょっと超えるくらいの値段です。 是非お店で生ビールを飲んでもらいたいです。やっぱりビールはお店で飲まないと・・・ カヌーですか? カヌーの練習は順調です。ちゃんと練習できてます。日本でこじらせた風邪も飛行機でいっぱい寝たので治りました。 ドイツのことわざで「風邪のときはヴァイスを飲め」っていう・・・ビールの話はもういいですね。
やっぱり人工コースは楽しいです。特にこのプラハのコースはいろんなことを試せます。
あと去年の夏と今年の1月に練習したコースなので、自分がどれだけレベルアップできたのか確かめられます。
相変わらず下手なとこもいっぱいありますが。しかしコースがすごい練習になる反面、日本の川と違い、
体にすごい負担がかかります。しっかり下半身を使えているのか、練習のあとは股関節や膝が痛かったり、
朝起きると肩と肩甲骨の周りの筋肉が張っていたりします。その分、筋トレにもなっているのは確かです。
日本の上位をヨーロッパで練習している選手が占めるのはヨーロッパの人工コースの影響が大きいように思います。
「将来、駿大にも人工コースが・・・」というお話を聞きましたが、是非できるといいですね。
ヨーロッパに着いた週はコースになれるような練習でしたが、今週は速くなるための少しきつい練習です。とりあえず禁酒ですね。
そう言えばタイのときからだったんですけど、僕のボートが代表仕様になりました。
1年ちょっとの間結構大きな流れで乗ってきたのでそこら中痛んでますが、まだまだ世界で一番いいボートのうちのひとつです。
ボートは乗り手を選べないので、もっといい肩書きをボートに持たせてあげられるように少しでもいい成績を出したいです。
現在、各国の選手はまだ集まってきていませんが、 早くも2006年にこのコースで行われた世界選手権のチャンピオンのイタリア人と これまたワールドカップ表彰台常連のスイス人選手が来ています。今いる他の選手は「うまくやれば勝てるかな・・・」 と思えるんですけど、この二人は粗がないと言うか、文句のつけようがないと言うか、 どちらかと言うと憧れてしまうような選手です。試合まで吸収できるところは目一杯して、 少しでもこの二人に近づけるように頑張ります。 ところで、2006年の世界チャンピオンも去年の世界チャンピオンのフランス人も北京オリンピックには出場できません。 イタリアとフランスのオリンピック選手がまぐれで出るわけじゃなく、本当に両国のナンバー1が出るんですけど、 それ以外の選手に世界チャンピオンいるっていうのは両国の層の厚さを物語っていますね。 ちなみにフランスは現役で世界チャンピオンが4人います。 フランスのオリンピック選手は僕が一番憧れている選手なんですけど去年は代表から外れています。 日本だと、どうしても選手層が薄く、大きなミスをしても10位以内に入れてしまったりするのですが、 フランスでは本気でやっても世界チャンピオンが10位なんてこともよくあるそうです。 やっぱり競ってこその競技だし、その分ほんとうに強い選手が代表として世界を舞台に戦うんですね。 日本のカヌーもそれくらい発展して、レジャースポーツの域を超えてほしいです。 ● ジャパンカップ第2戦 2008/5/30 タイから帰ってきた週の週末、福島県二本松で日本のランキングレースであるジャパンカップ第2戦が行われました。 コースは第1戦の富山とは大きく違い、本当に自然の川で流れも大きく、不規則に変化するのでその分難しいコースです。 この大会の前日には福島県の国体代表を決めるレースを兼ねた草大会が行われます。 アジア大会に参加した選手も僕の種目は矢澤君以外が全員来ていましたが、各々、疲れが溜まっているらしく、 前日のレースに参加した日本代表は僕だけでした。 今年の公式な大会のほとんどで僕のスタートはかなり前です。 というのはスタート順は去年のランキングを元に決められるので、 ドイツにいて最終戦にしか参加していない僕のランキングはないも同然だからです。 それこそ中学生や小学生のすぐ後にスタートするなんてこともありえます。 僕も小さいときはよく追いつかれてたんですけど、今となってはいい思い出ですが、 追いつかれるほうも追いつくほうもいやなもんです。 さて、大会の成績ですが、初日の草レースは優勝しました! シニアのカテゴリーで初優勝です。代表選手も僕しか出ていなかったので優勝して当たり前と言われればそうなんですが、 表彰台の一番上はやっぱりいいものです。2位は経済学部2年の吉田君。 転戦記初登場ですね。彼も近畿出身で高校生のときは同じコースで練習していました。 最近はめきめき速くなって僕らを脅かすこともしばしばです。 肝心のジャパンカップのほうですが、2位でした。 二日連続の優勝を狙ったんですけど、代表1番手の選手に負けてしまいました。 このコースのもうひとつの特徴である中間の長い瀞場(流れのないところ)での差が大きかったようです。 優勝したこの選手は日本で漕力が一番ある選手で、 このコースで勝てたらそれこそ大金星だったんですけど、まだまだでした。 とは言え、二日間の連続したレースでこれだけ安定した試合運びと成績が残せるようになったことはとても嬉しいことです。 体力や技術面よりも精神面が安定して試合であまり気疲れしなくなったんじゃないかと思います。 と思ったら、疲れがどっと出たのか、油断したのかわかりませんが、次の週の火曜から風邪でダウンです。 一年に一回くらい風邪をこじらすことがあるんですけど、今回は結構ひどく、三日間寝込みました。 安定して練習できないのはほんとに良くないことです。水泳平泳ぎの北島康介選手も風邪を引きやすい体質と聞きました。 スポーツ選手には胃腸だったり、体のどこかが弱い人が多いと言いますが、 ああいうトップ選手たちはドーピングもあって薬も簡単に飲めないし、本当に気を遣って生活してるんだと思います。 練習しているときだけじゃなく、普段の生活もそういった選手たちを見習わなければいけませんね。 ● アジア大会 − 北京オリンピックアジア地区最終予選 2008/5/30
5月11日、タイでの生活も3日目を迎えました。
アジア大会、4位でした。 北京オリンピック出場のための最後の試合でしたが、力が及びませんでした。 応援してくれた皆さん、期待に添えることができなくてごめんなさい。 駿河台大学から矢澤君がオリンピックに出場することになりました。 それはすごいことだし、小さいときから一緒にやってきた選手ですのですごいうれしいです。 でもそれとは比べ物にならないくらい悔しいです。 今回の大会を振り返ってみると、大会に臨む姿勢、練習への貪欲さ、そして試合内容、 矢澤君を含めた北京オリンピックに出場するカヌーの日本人選手と僕を比べてもどこも遜色がないと思います。 でもオリンピックという特別な大会にはまだ僕は及ばなかったんだと思います。 今回ひとつ気づけたのは「オリンピック出場」という目標だと、 オリンピックに出るか出られないかで終わってしまうこと。「オリンピックで優勝する」 これくらいの気持ちでやっていかないと到底世界と勝負できないし、オリンピックにも出られない気がします。 いきなり目標が大きくなってしまいましたが、これからはこれくらいの気持ちでやっていこうと思います。 しかし、今の僕ではまだまだ世界と勝負はできないので、 この夏のワールドカップはもっと底上げをするための大会として、 次の目標に向かっていけるように経験を積みたいと思います。 オリンピックには各国1カテゴリーに1人しか出場できません。 オリンピック選手の中には僕の憧れの選手もいますし、その選手と同じ舞台に立てないのはすごい悔しいことですが、 オリンピックに出場できない選手の中にも僕の憧れの選手がいます。 この夏、そんな選手たちと同じ舞台で戦い、どこが違うのか、自分には何が必要なのかを学べればいいなと思います。 とは言ってもおめおめと負ける気はありません。自分が今、持ってるものでできるだけのことをしたいと思います。 北京オリンピックへの道は閉ざされてしまいましたが、これで終わったわけではありません。 僕は自分の可能性を信じています。これからの僕に期待してください。 ● タイでの生活 マイペンライ〜 No problem 〜 2008/5/11
5月11日、タイでの生活も3日目を迎えました。
時差は日本の−2時間と、あまり時差を感じませんが、 この時期が一番暑くなるタイの最高気温35度前後。熱帯性の気候で湿度もかなり高く、家の外はまさに南国です。 大会の会場はタイの首都バンコクから車で1時間ほど。かなり田舎ですがホテルでは空調も利いているし、 食事にも困りません。昨日今日は運営側の不都合で大会のコースで練習できないという逆境にありますが、 まともに練習できないことはドイツで充分経験したので、限られた環境で出来るだけ内容の濃い、 そして楽しい練習をすることが出来ているように思います。 今日の午後はオフにし、バンコクに遊びにいきました。
お昼にトムヤンクン、おやつにマンゴープリンを食べました。タイ料理はやっぱり辛く、
そしてすっぱい。ドイツでのバイト先で一緒に働いていたベトナム人が
ご飯にベトナム料理をご馳走してくれることがあって、そのあっさりさが結構気に入っていたんですが、
タイ料理はベトナム料理よりもすっぱく、食事がなかなか進みません。
タイでは日本であまり見かけないフルーツを目にすることが多く、興味はあるけど、なかなか手が出ません。 明日からはまともに練習できるようなので、まだまだ速くなるための練習を重ねて行きたいと思います。 ● 富山県八尾町での合宿 2008/5/8 ゴールデンウィークはジャパンカップ第1戦の会場、富山県八尾町で合宿です。 今回の富山は18歳未満のジュニアのカテゴリーの日本代表の合宿もあり、例年よりもにぎやかでした。 僕以外のアジア大会の代表選手たちもジュニアのお手伝いに駆けつけ、合宿2日目の記録会には アジア大会代表選手のほとんどが出場し、ジュニアにもいい刺激になったと思うし、 何よりもそれぞれの仕上がり具合を見るのにいい試合になりました。 僕の成績は2位でした。1位は日本代表1番手の選手。アジア大会のコースに一番強いんじゃないかと 僕がマークしている選手です。NHK杯3連覇の矢澤君は3位でした。 矢澤君とは週5回ほどある部活でタイムを競ったりして、本当に身近のライバルで、 目標でもあると同時に一番乗り越えないといけない選手でもあります。 今までの練習でも矢澤君にだけは負けないようにと頑張ってきましたが、 今回勝てたことはそのまま次のアジア大会の自信に繋がりました。 さて、いよいよ5月9日にタイに向けて出発します。向こうでも何日か練習できるし、 その何日かでちょっとでも速くなりたいと思います。日本での練習は途中で怪我をしたり、 疲れすぎて内容の濃い練習ができなかったりと苦労した部分もありますが、 僕なりに自分のベストを尽くし、できる限りのことをやったんじゃないかと思います。 いまさらジタバタしても仕方がないとは思いますが、これからの大会までの少ない時間、 できるだけジタバタして、それを自信に大会に臨みたいと思います。一番いい報告ができるように頑張ってきます。 いってきます! ● NHK杯 2008/4/26 今回の大会は「全日本選抜NHK杯」です。 この大会は去年の日本選手権予選通過者30名が出場できます。予選1本で10名に絞られ、決勝1本と予選の合計で競われます。 決勝進出者のうち上位何名かはNHKで全国に放送されます。 会場は駿大のオリキャンでもお馴染み群馬県水上町です。温泉で有名なこの町は、ラフティングでも有名で、 このNHK杯もカヌー関係者だけでなく観光客の方もたくさんいて、毎年のようににぎわっています。 今回の結果は4位でした。1本目は1位だったのに・・・ 僕は去年の日本選手権の予選の成績が悪かったので予選のスタートもかなり早く、 僕の後には速い選手が続々と待ち構えていました。実際、予選で僕よりも速いタイムを出した選手が4人いて、 予選1位と言っても、周りがミスっただけで、なんら余裕はなかったのですが、 アジア大会に向けての予行練習という意味では、決勝は最高の舞台でした。 決勝は前の選手がゴールしてから次の選手がスタートするので、一人一人を十分に見てもらい応援してもらえます。 3連覇を狙う矢澤君が予選2位。3連覇を期待する声もちらほら耳にしましたが、 みんな性格が悪く、「下克上」を期待する声が圧倒的でした。 僕もその気でしたし、前の週の大会とは違い、プレッシャーが負担になるというよりは、 もっと心に余裕があり、またその余裕が回りに伝わり、「こいつ、いくな。」と周りに思わせるほどでした。 僕の好きな漫画の「バガボンド」という宮本武蔵を描いたもののなかの一節で、 「自信はやわらかさ。硬さは?気負い。やわらかい空気はどんどん広がって周りも取り込む。 そうすると周りは硬くなる。」というものがあります。 まさにその通りで、「自分の漕ぎが速い」という自信があったら、その自信は周りにも伝わるし、 自分の動きはどんどん練習のときのやわらかい動きに近づいていくように思います 決勝はミスこそしましたが、前の週の大会とは違い、自信を持って臨め、そんな感覚でアジア大会も漕げればいいかなと思います。 NHK杯の放送は26日、今週の土曜15時からNHK教育です。 僕は最後スタートなので番組の終わりごろ、多分3時30分以降に出ると思います。 皆さん、ぜひ見てください! ● ジャパンカップ第1戦〜北京オリンピック国内最終予選〜 2008/4/21 「日本の消費税が高い、高い」という街角調査をニュースでよく見る。そんなに高いでしょうか、5%? 野球の打率で言うと5厘。 20回打席に立って、やっとヒット1本。そんな選手、誰も使わない。 僕は先週、人生初のバッティングセンターで90キロの3球目をあごに自打球しました。 ピッチャーの防御率でいうとダントツに低い。 そう、5%っていう数字はかなり小さい。 僕の北京オリンピックに出られる確率は先週末まで5%前後。 「日本の消費税が高い、高い」と言う皆さん、この確率、そんなに高いですか? ドイツの消費税は19%。これは高い。 先週末の大会終了後の僕のオリンピック出場の確立、実に25%。 やっと日本代表まできました。狙い始めてからそりゃもう長い時間が経ちました。 周りが僕が狙っていることを忘れるくらい長い時間が。
1本目は文情の矢澤君が1位で僕が2位、去年、文情を卒業した荒巻さんが3位、
経済学部の吉田君が4位と駿大生たちが上位を独占していました。
矢澤君とはコンマ何ポイントかの差で、タイムは僕のほうが2秒速かったので、2本目は十分1位が狙えるところにいました。
矢澤君は去年の日本選手権で代表に選ばれたので、代表最後の枠に王手をかけていたのは他の誰でもない、この僕でした。
3位以下の選手と比べると、「1本目と同じタイムを揃えれば間違いなく代表になれる」。
それくらい余裕のある試合だったのに、 いつもは2本目に勝負をかけて上位を狙う僕が追われる立場になったことで、
今まで感じたことがないような少し感じの違う緊張感がありました。
1本目と2本目との間の休憩時間にコースを見直していると、すれ違う人みんなが、「2本目がんばれ」とか「このままいけば代表・・・」なんて。 そんなことは自分で一番わかっていたし、誰よりも望んでいるものでした。 でも僕、ビビリなんですよ、実は。 ミスる気もしなかったし、むしろ1本目よりもいい漕ぎができる自信もありました。 でも心のどこかで、何かにビビッている。 そんな不思議な感覚が不思議な緊張感を生みました。 2本目の前半は1本目から修正し、かなりうまくできました。 後半すぐのゲートで少しミスし、少し落ち着こうとしました。それが一番の失敗だった気がします。 今までの勢いが落ちてしまい、そこからタイムがずるずると悪くなってしまいました。 自分はあんなところで落ち着いて、上位にいられるほどの選手じゃないことを忘れていたように思います。 「焦りは禁物」とよく言いますが、今の自分にはその「焦り」こそ、必要だと思っています。 人間追い込まれているときに落ち着いていたら、どんどん深みにはまっていくだけですから。 でももっと致命的な失敗は2本目のゲートタッチ。1本目もあったのですが、それよりももっと不注意から生じた、 本当にしょうもないミスでした。 試合が終わり、結果3位。1位とのポイント差は2ポイント未満。もしあのタッチがなければ補欠ではなく正規の代表でした。 「たら」とか「れば」なんていう言葉はあまり使いたくありませんが、 「なんであそこでもっと注意しなかったのか」と自分に腹が立ち、悔しくて仕方ありません。 結局1位は矢澤君でもなく、シドニーオリンピック代表の選手でした。 今回の大会の結果は3位。ジャパンカップ初の表彰台です。そして初めての日本代表(補欠)。 正確に言うと補欠なんです。アジア大会は3人の代表と1人の補欠が出場できます。 代表3番手の選手が今年のワールドカップ出場を辞退しているので、補欠の僕もワールドカップに出場できることになりました。 今回の大会で一番うれしかったことは、人に感動を与えられたということ。 役員の人たちが僕らのレースを見て「感動した」と言ってくれたこと。そして、僕はその主役の一人になれたということ。 「桜が散る一瞬の感動」 そんなテーマを持ってやってきましたが、僕のボートの黒い桜は、ここにきてほのかに色づきはじめたように思います。 ということで、今回の大会を最後にしようと思っていたこの転戦記、まだまだ今年も続きます! 今度はそこいらの草レースじゃなく、ワールドカップです!もしかするとオリンピックです! 目標はオリンピック一つです!ヨーロッパ転戦記じゃなく北京オリンピック記! さて、次はいよいよ5月中旬のアジア大会です。そこで1位になるとオリンピックに出られます。 僕が思うところ、実質、日本代表4人の勝負。 だから25%です。駿大生がオリンピックに出る確率は矢澤君と足して50%! でも僕は代表の中では1番下なので10%程度かも。あくまで確率です。 今はその確率を、せめて福田政権支持率くらいまで上げるように、この1ヶ月をすごさなくちゃいけません。 アジア大会のコースはほとんど流れがなく、ごまかしがききません。 これからの1ヶ月間貪欲に、テクニックではなく体力を鍛え、もっともっと動ける体にしていこうと思います。 と、その前に、次の国内の大きな試合は駿河台大学協賛「全日本選抜NHK杯」です。 決勝がカヌースラローム唯一の全国に放送される試合です。 放送は大会の一週間後なんですけど、ここで告知して、もし予選落ちでテレビに映らない、 なんてことになったらいけないので、大会終了後に詳しい時間をお知らせします。 みなさん、是非見てください。 では、NHK杯もアジア大会に向けての練習も、日本代表という事をしっかり意識して頑張りますので、 みなさん、応援よろしくお願いします! ● プラハでの練習と観光案内 2008/3/27 ミュンヘンの隣町のアウグスブルグにあるコースも、冬場は完全に閉まってしまい、 ミュンヘンの周りで流れの中で練習する環境はなくなってしまいました。 そこで、テスト休みを利用し、再びプラハに遠征しました。フランスやイタリアなら暖かく、 冬場もコースで練習も出来ると聞いたので、出来ればどちらかに行きたかったのですが、 通貨がユーロというだけでも、遠征に掛かる費用がチェコの何倍にもなってしまうので、なかなか行けません。 例年、プラハは気温も低く、雪も多いのであまり練習できないと聞いていましたが、 今年はミュンヘンよりも気温が高く、雪も積もっていませんでした。 とは言え、ミュンヘンでは流れのないところでしかカヌーに乗っていませんでしたが、 プラハでは流れの中に入りますので、その分、水もかかり、カヌーに関して言えば、 ミュンヘンよりも寒かったです。 練習の課題は「流れに慣れる」と「冬場、陸トレで鍛えた下半身・上半身をカヌーに繋げる」でした。 一つ目の課題は何回も漕いだことがあるところなので、すぐに慣れることができましたが、 二つ目は思っていたよりも難しく、力が前よりついた分、変に力んでしまい、しなやかさがなかったり、 力に頼り、全体の動きの流れが悪くなったりと、遠征を終えた今でも、はたしてクリアできたのかはよくわかりません。 高校生のときからプラハには毎年のように来ていました。プラハは世界的に有名な観光地ですので、 きれいな建物がたくさん残されています。今回はそんなプラハの観光スポットを紹介したいと思います。
まず1つ目はプラハの心臓部とも言える旧市街広場です。
広場を取り囲む建物は、ゴシック様式、ルネサンス様式、バロック様式など、
プラハの歴史に登場したほとんどの時代様式が混在しています。
この広場には何年も増築を重ねられた変な建物「旧市庁舎」。
その隣りには世界最大級の「天文時計」があります。この天文時計は9時から21時の毎正時に仕掛けが動きます。
そのころになると仕掛けを見る観光客で時計の前は埋め尽くされます。
市庁舎の向かいには80メートルの二本の大きな塔が目を引くティーン教会があります。
旧市街広場から小道を抜けるとプラハ最古の橋「カレル橋」があります。 2003年の大洪水にも耐えたこの橋は両側の欄干に並ぶ30体の聖人像が目を引きます。 その像の中には、日本人に身近な「フランシスコ・ザビエル」もいます。 現在は音楽隊、ストリートパフォーマー、土産売りなどが並ぶ賑やかなスポットとなっています。
カレル橋を渡り、長い坂道を登っていくと「プラハ城」があります。
城壁に囲まれた広大な敷地には、旧王宮、大聖堂、修道院などが建っています。
その中でも聖ヴィート大聖堂のステンドグラスはとても綺麗です。
プラハ城を越え、山道を奥に進んでいくと「ストラホフ修道院」という修道院があります。 この修道院の見物は「神学の間」と「哲学の間」という大きな図書館です。 特に哲学の間は建物の2階分の高さの本棚に、天井までびっしり本が保管されていて、まさにハリーポッターの世界でした。 プラハは観光地でもありますが、遊園地や動物園などのアミューズメント施設も整っていて、 食事もおいしく、なにより物価がEU諸国の中で格段に安いのでとても住み易い街です。 「将来、ヨーロッパに住むならプラハがいいな」と思わせる街です。 みなさんも、ヨーロッパを旅行するときは是非」立ち寄ってください。 さて、今回の遠征で留学中の遠征は最後となりそうです。 次の舞台は4月中旬に富山である北京オリンピック国内予選です。前の日本選手権の成績も踏まえて、 十分狙えるところにいると思います。この一年間の留学を自信に持って挑みたいと思います。 みなさん、応援よろしくお願いします。 ● ドイツでの年末年始 2008/1/23 みなさん、お久しぶりです。 遂にオリンピックイヤーが到来し、スポーツ界は賑やかな年になりそうです。 ミュンヘンの冬はかなり厳しく、一日中、気温が零度を下回ることもあり、カヌーなんて乗っているのは僕だけです。 朝、まだ気温が上がらないうちにカヌーに乗ると、ウェアーや髪が凍ってしまいます。 練習場も本流じゃないほうの水路が、もしかしたらスケートができるんじゃないかと思わせるくらい凍り付いています。
こんな寒い時期に寒いことを書いてもしょうがないので、今回はミュンヘンの年末年始について書きます。
ミュンヘンでの年末の最大のイベントはやっぱりクリスマスです。 しかし、日本のクリスマスとはちょっと違い、一番の盛り上がりを見せるのは、 12月23日まで街中で開かれているクリスマス市です。市庁舎の前には大きなクリスマスツリーも飾られ、 街行く人は皆、グリーンワインと呼ばれる赤ワインを温めてシナモンなどのスパイスを加えたワイン、 子供たちはプンシュという、こちらも色々なスパイスを入れた温かいジュースを飲んでいます。 クリスマス本番の24日・25日はファーストフード店ですら閉まってしまいます。 ドイツのクリスマスは実家で家族と祝うものと決まっているようで、 みんなでスキーに行こうと予約していたバスもキャンセルになってしまいました。
クリスマスをミュンヘンで過ごそうと来た日本人観光客もどこの店も開いていないので、 中央駅の軽食店に集まっていました。 そういう日本人留学生の僕らも、24日に買い物をする予定のスーパーが、 お昼の早い時間にしまってしまうことを知らず、中央駅でパーティーの食材を集めました。 ドイツ人が言うドイツの年越しは、いたって普段通りで、特別なものも食べないし、 大体のお店も開いているというものでした。
しかし、年を越す瞬間は町中で花火が上がり、みんなシャンパンとグラスを家から持参して、
いっせいに乾杯します。日本の初詣のような屋台もなければ、街もクリスマスの飾りつけのままですが、
街の賑わいは日本とは比べ物にならないほどでした。
さて、冬はカヌーのシーズンではないといっても、練習しないわけにはいきません。 現在は陸トレを中心に気温が高い時間で水上練習をしています。 カヌーはかなり特殊な競技なので体の特定の部分だけが鍛えられ、普段の生活ではありえないような怪我をしたりします。 僕の場合は怪我ではないですが慢性の冷え性です。だからシーズンオフのこの時期には全身を鍛え、 これから始まるシーズンを怪我なく過ごせるようにしなければいけません。
陸トレにかこつけて、この前スノボーに行ってきました。
あまり冬場に遊ぶ時間もなく、2年前に1回しただけですがなんとか滑れるようになりました。
普段とは違う感覚に体が思うように動きませんでしたが、その分楽しめ、その上しっかりとした陸トレにもなりました。 次の日は足だけではなく、全身ばっちり筋肉痛でした。 このように楽しみながら、日本では出来ないことをトレーニングに取り入れて、この冬を乗り切っていこうと思います。 今年はオリンピックの年。その世界一の大会を目標にまだまだ頑張っていきますので、みなさん、今年も応援よろしくお願いします。 ● 日本選手権4位 2007/11/16
今回の大会は今シーズンを締めくくるだけでなく、国内最大の大会である日本選手権です。
今年に限っては北京オリンピックの国内選考を兼ねており、例年に比べ異様な雰囲気を帯びていました。
コースは愛知県豊田市の矢作川で、日本で最初にワールドカップが行われたコースで、 「矢作を征するものが真の日本チャンピオン」と言われるほどのコースです。 結果は予選10位、準決勝11位、決勝4位でした。この大会の上位2名が来年度の日本代表に選ばれました。 4位という順位はこの大会の選考会としての目的としては何ら意味の無い結果でしたが、自己最高位であると同時に、 ドイツで沢山の人に助けてもらいながら過ごした半年間を何とか形に残せ、ホッとしています。 試合から時間が経った今も特に大きな反省点は思い浮かびません。この半年間自分がやってきたこと、 それをコースに置いてくることが出来たと思います。 カヌーのルールには走行中に競技者自身以外の何らかの事情により正常な走行が出来なくなった場合に限り もう一度走行できるというルールがあります。今回は僕の決勝の走行中にそういった問題が発生し、 決勝をもう一度走行できることになりました。問題があった走行が終わった後、 僕自身は「これでシーズンが終わった」と恵まれた環境に身を置きながらそれを十分に活かせなかった自分、 やるだけのことはやったと思える部分など、もう一度走行できると知らずにシーズン終了の平穏な空気に浸っていました。 スタート付近にいたコーチの元に行くともう一本出来るという事が判明しました。 再レースするかどうかは自己判断ですし、問題があった走行の結果もその時点ではわかりません。 しかしコーチの「出来るなら今自分がやれるだけのことをやりなさい」という言葉の後押しもあり、 再レースを決断しました。その結果、11位から4位まであがることが出来ました。 2本目が終わった時点で集中力は切れていたはずなのに、 再レースをすると決めたその時にはすでに体も心準備が整っていました。 そして何年も前からの友人みんなの応援も後押しし、ゴールした後に身震いを感じるほどの漕ぎが出来ました。 身震いを感じたのも初めてだし、応援がこんなに自分の力になったのも初めてでした。 今回の大会で今シーズンは終了となり、今年を振り返ってみると、 大学生としてもカヌー選手としても整っていた生活のリズムを一度崩し、 そのリズムを違う環境で作り直すことに体力を消費し、結局何もできなかったように思えます。 そして今でさえそのリズムは作れずにいます。しかし、何もできなかった代わりに何かをしようとした自分がいて、 その何かをしようとしたことこそが自分を成長させたように思います。 具体例を挙げるとに今回の再レースの集中力です。 今シーズンはこれで終わったわけですが、北京オリンピック出場のチャンスがなくなったわけではありません。 来年の4月末に富山で代表をもう一人決める大会が行われます。 その大会で1位になると代表に選ばれ、次にタイで行われるオリンピックのアジア枠を賭けたアジア大会に参加します。 そのアジア大会で優勝するとオリンピックに出場できます。 オリンピックまではまだまだ遠いですが今回の大会の成績も踏まえると十分に狙えると思います。 この半年間の反省も踏まえてドイツでのもう半年間、 オリンピック出場に向けカヌー選手としても留学生としても更に努力しますので、みんさん応援よろしくお願いします。 ● 日本選手権に向けて 2007/10/11
ドイツの建国記念日の10月3日に行われた大会に参加しました。
アウグスブルグのローカルな大会で、地元の小学生1年生くらいの年齢の子どもたちが参加していました。
そんな年から練習していれば、この中に未来の世界チャンピオンがいるのかもと期待してしまいます。
カヌー強国ドイツならではの選手層の厚さを感じました。
特に有名な選手は出場していませんでしたが、10月末に行われる日本選手権に向け、 試合の空気に触れ、試合慣れするのにとてもいい機会でした。 ローカルな大会でしたがしっかりと緊張感を持ってできたので日本選手権へとつなぐ大会にできました。 結果は2位でした。 大きな反省点は練習の実力を試合で出せていないということです。それが今の実力と言うことです。
細かな反省点は2本目にタイムが2秒上がったことです。タイムが上がること自体はいいことなのですが、
1本目に同じタイムを出せないということが問題です。またゲートタッチも1本目2本目共1つずつあり、
それだけで+4秒加算されてしまいます。やはりゲートに当てていては優勝できません。
今回反省する点は多くありますが収穫もありました。 最後の一漕ぎまで弱気にならず気持ちを強く持てたので、最後の一漕ぎまでしっかり漕ぐことができ、 コース終盤の難しいコースセットも自信を持ってできました。 10月28日に北京オリンピックに向け代表選考会が行なわれます。 その大会のため留学中ではありますが、10月16日に一旦帰国します。 これからはそれに向けた調整と、残りわずかなシーズンで更にレベルアップができるよう練習したいと思います。 ● ドイツ、ミュンヘンと言えば 2007/09/25
ここミュンヘンでは9月22日から10月14日までの期間、
その年のビールの解禁に合わせてオクトーバーフェストという世界的に有名なビール祭りが行なわれます。
日本からもこの祭りに参加するためだけにミュンヘンに観光に来る人もいる程です。
ドイツのビールは日本のように「Asahi」「キリン」といった大きなシェアがなく、 ほとんどのビールが地ビールで、その種類も苦味のあるチェコ発祥の「ピルス」、 日本のビールに近い「ヘレス」、「黒ビール」、酵母が沈殿して白濁している「白ビール」など多くあります。 その中でもミュンヘンのビールは好評です。 そしてこのオクトーバーフェストのビールは樽から直接ジョッキに注ぐので正に「生ビール」で、 普段スーパーで買えるものよりもアルコールが強めですが、口当たりもやさしく後味もすっきりしています。 そしてこの祭りのすごいところがビールは1リットルのジョッキでしか売っていないところです。 ドイツは16歳から飲酒が認められていますが、16歳の高校生も、いかにもドイツ人といった感じの大きなおじさんも、 かわいい女の子もみんな1リットルのジョッキでガブガブ飲んでいます。
祭り全体の雰囲気は地元の人も、観光客もフレンドリーで、
大体の席が相席なので同じ席に座ると昔からの知り合いかのように乾杯し、祭りを楽しんでいます。
ジョッキにビールがなくなっても隣の人が自分のを分けてくれ、いったいどのくらい飲んだかわかりませんが、
初めの一杯のお金しか払っていないことは確かです。この時期にしか飲めないビールを味わうだけでなく、
アルコールが飲めない人もこの祭りに行く価値は十分にあると思います。
● カヌーを持って自力移動 2007/08/20
7月30日から2週間の間、チェコの首都プラハにて合宿しました。
今回は前回のように誰かに連れて行ってもらうのではなく、自力で行こうと決意し、
レンタカーは高いので列車で行くことにしました。普通カヌーを運ぶのには車がいりますが、
まぁ列車にボートが入れば運べるだろうと、そんな甘い考えで今回の旅に挑みました。
まず、アウグスブルグのコースの近くの駅にボートを徒歩で運び、 そこからアウグスブルグの中央駅まで電車で行きました。このときの電車は2両編成のとても小さな電車で、 ボートが乗るか不安でしたが、こちらの電車は入り口がとても大きいのでなんとか入れることができました。 次にそこからニュルンベルクというバイエルン州の一番チェコ側の大きな駅までいきました。 この列車は自転車が積める車両があるので問題なくボートを積むことができました。 次にニュルンベルクからプラハの中央駅まで行ったのですが、 この列車が、各座席が個室に分かれていて通路が列車の真ん中ではなく端にある列車だったので、 ボートを入れるために十分な角度がなく、一旦反対の扉を開け、 反対側の線路に降りてそこから説明できないような無理な角度でボートを入れました。 2年前にこの種目のボートの規定が変わり、50cm短くなったことが功を奏しました。 もしあと10cm長かったら絶対入らなかったと思います。
さて、プラハの中央駅に到着してからも一苦労です。
そこからコースのすぐ反対岸まで2駅で地下鉄が通っているのですが、
全長350cmのボートを帰宅ラッシュの地下鉄に乗せるのはかなり気が引けました。
チェコ人たちが親切にもスペースを作ってくれ何とか乗せることができました。
ボートを長い時間肩に担いで歩くのはかなり疲れるので、地下鉄を降りたらすぐにボートを河に浮かべ、
そのままコースまで漕いで行きました。
今までカヌーを通してたくさんの人にお世話になってきましたが、 こういった風に自力で何かをできたということに自分の成長を感じました。 到着した日は軽くコースで漕ぎましたが、かなり疲れていて、 電車の席で隣だったチェコ人が世界一だと言っていたピルスナービールを飲んで朝まで熟睡しました。 ● ワールドカップ第3戦 2007/07/18 7月13日から15日まで私が今合宿中のアウグスブルグでワールドカップ第3戦が開催されました。 6月最終からチェコ・プラハ(コース名トロヤ)、スロベニア・タッツェン(コース名タッツェン)、 そして最後はここドイツ・アウグスブルグ(コース名アイスカナル)という3週連続のワールドカップで ICF(International Canoe Federation)の無理な日程に各国の選手もさすがについていけないようで、 第1戦が終わった後すぐ、第2戦のスロベニアに参加せず、ドイツに入る選手もいました。
練習中の私にはワールドカップなどの大きな大会が行なわれるとその間自由に練習ができなくなる
という欠点があるのですが、今回は大会の前々日までしっかりと練習することができ、
更に嬉しいことに世界のトップ選手の練習を間近で見てマネすることが出来ました。
試合は5種目行なわれました。カナディアン・ペアという男子の種目意外はすべてドイツが優勝し、 そのうち私と同じ種目の男子K-1は地元アウグスブルグ出身の アレキサンダー・グリムという選手が優勝しました。彼は私と同い年で、 2004年のジュニアの世界選手権も優勝し、86年生まれの中でも秀でた存在です。 彼のすごいところは肉体的な面でカヌーが速いというだけではなく、 その精神面にあると思います。昨年度、私の地元で国体が行なわれました。 もちろん選手として参加し、優勝候補でもあったのですが、地元というプレッシャーに負け、 結果は4位でした。彼は地元で行なわれるワールドカップで、 地域だけでなくドイツ中からの期待を一身に背負い、ものすごいプレッシャーの中、 自分の最高のパフォーマンスをやってのけてしまいます。そんな彼の今回の結果はまぐれではなく、 間違いなく世界のトップ選手の中の一人であると断言できます。
今回のワールドカップには駿河台大学からも2人参加者がいます。
現代文化学部比較文化学科3年海渕萌さんと文化情報学部1年の矢澤一輝君です。
矢澤君は今回補欠ということで直接試合には出ていないのですが、
海渕さんは惜しくも予選を通過できませんでしたが、世界クラスの大会に出場するという
貴重な体験を今後の活動に活かしてもらいたいと思います。
今回の日本代表のメンバーには大学生が合計5名(駿河台大学2人、早稲田大学2人、神田外国語大学1人)
と今まで以上に多く入り、私ももっと頑張らなければいけないと、かなり刺激されました。
今回優勝したアレキサンダーもしばらくはアイスカナルにいるそうなので、
少しでも彼らからいいところを吸収できればと思います。
● 練習環境改善 2007/06/22 5月25日から28日までチェコの首都プラハ近郊でトレーニングしました。 チェコもカヌーの強豪国のひとつでプラハ市内を流れるドナウ川にはいくつもの人工コースがあります。 今回の遠征では昨年に世界選手権がおこなわれたコースを含め、 4つのコースで練習することができました。 どのコースにも人工的に作られた急な落差があり、 日本でも数箇所しかないようなレベルの高いコースで練習することができました。
そして、6月15日には隣町アウグスブルグにあるアイスカナルというコースで練習しました。
隣町といってもミュンヘンから西に70kmほど離れているので、
車でボートを運ばなければ行けず、知り合いに連れていってもらい、
ドイツ滞在3ヶ月目にして初めて行くことができました。
このコースは1972年ミュンヘンオリンピックでカヌースラロームが
はじめて正式種目として開催されたコースで、
今でも世界中のスラローマーにとって特別なコースであり続けています。
一昨年にダム建設のためコース取り壊しの計画が持ち上がったときも、
地元の住民だけでなく、世界中のパドラーからの署名によってその計画が破棄されました。
ヨーロッパの人工コースで練習して毎回感じるのは「パワー不足」です。
ミュンヘンに滞在し、十分に水上練習ができないので、その分陸上練習を欠かさず行っていましたが、
やはりカヌーの動きの中で身についたパワーでないと流れに対応できないと感じました。
とは言っても、私は他の日本の選手よりもヨーロッパの人工コースの近くにいるわけで、
来月には大学も終わり、しばらくは日本よりも充実したカヌーの環境に身を置き、
集中できると思います。
来月中旬からはしばらくアウグスブルグに滞在し練習しようと計画しています。
そろそろやっと、練習らしい練習が始められるとわくわくしています。
● ドイツマイスター選手権 第一戦 第二戦 2007/05/24
ドイツでは5回行われるドイツマイスター選手権に全て出場し、
その上位30名が代表選考会に出場できます。
今回はそのうちの第1戦と第2戦が行われました。
私はドイツ人ではありませんので、今回はインターナショナルの非公式のカテゴリーで出場しました。
開催地はミュンヘンから南へ車で2時間半程の田舎町ローファー(オーストリア)です。 冬はスキー客で賑わうこの町も、この時期はカヌー客のほかに都会から休暇で訪れる観光客しかおらず、 清閑としています。 コースはとても思い出深く、2004年の夏にジュニア(18歳未満)の世界選手権が開催され、 私、金谷徹の高3の夏が終わった場所でもあります。 今回はそのときのチャンピオンも参加していたのでリベンジをと思い気合十分でした。
結果は第1戦インターナショナル12位、第2戦インターナショナル3位でした。
第1戦と第2戦においての成績は大きく違いますが、
両方にいえる問題は練習量の低下に伴う体力の低下、
また試合から遠ざかっていたことによる気持ちの作り方や「勘」と呼ばれるものの問題と、
それらに伴い、コース終盤でも練習と同じ動きができるという自信がなく、
安全策を取ってしまったところにあると思います。
正直な話、ここミュンヘンでは大学と違い整った練習環境がなく、 練習相手もおらず、陸から見てくれるコーチもおらず、一人での練習も単調になってしまい、 質、量ともに十分な練習ができていないのが現実です。 この限られた環境の中、一人でこれを乗り越えられたときに得ることのできる 「強さ」は想像を絶するものだと思います。 だからこそ、今は確実に体作り、基本練習をこなす我慢のときではないかと、思っています。 ● ごあいさつ 2007/05/07
みなさん、はじめまして。
経済学部経済学科3年金谷 徹(かなや とおる)です。 スポーツ推薦で駿河台大学に入学し、カヌー部に入部しました。 現在は入学時に計画した4年間の計画の3年目ということで、 ドイツのミュンヘン大学に交換留学制度で留学しています。 私がどうして駿河台大学を受験したかというと、スポーツ推薦で入学したこと からわかるようにカヌーをするためです。 この留学も4年間でどれだけカヌーのレベルを上げられるかを考えたとき、 これが一番だと考えたからです。 みなさん、カヌーと聞いて「ピン」ときたでしょうか? 日本ではかなりマイナーな競技ですね。 競技の概要は、自然の河川又は人工的に作った河川に20〜25個ほどのゲートを設置し、 全長300mほどのコースを作り、そのゲートを通過し、ゴールタイムを競うというものです。 マイナースポーツ、そのことはここドイツでも変わりません。 しかしミュンヘンの隣町には私たちの代(1986年生まれ)のジュニアの世界チャンピオンと 2005年のシニアの世界チャンピオンがいます。 カヌーの世界はとても狭く、彼らと同じコースを漕ぐだけでなく、一緒に練習したり、 一緒にビールを飲むことだってできます。 世界ランカー達と同じコースを漕ごうと思うと初心者では少し無理がありますよね。 私は高校3年間ジュニアの日本代表として海外に遠征したり、国際大会に参加しました。 現在は日本代表ではありませんが目標は常に「世界」においています。 日本では国際大会はほとんど開催されませんが、ここヨーロッパでは、 毎週末のようにヨーロッパ中で開催されており、時間が許す限り参加したいと思っています。 まずは、5月6日にドイツの代表選考会が隣町で開催されますので デモンストレーターかオープン参加というカタチで参加し、 ドイツの選手たちに名前と顔を覚えてもらえるような漕ぎができればと思っています。
さて、写真のボートですが、これが私が今年乗るフランス製のボートです。
昨年のヨーロッパチャンピオンが乗っていたものでサイズが合わなかったらしく、
2、3回しか乗っておらず、ほとんど新品のものを譲って頂きました。
なぜそんな選手からボートを譲ってもらえたかというと、カヌー特有の狭い世界のおかげです。 昨年の夏の県の海外合宿の際に彼と知り合い、オーストリア人の彼にドイツ語で話しかけ、 今年ドイツに留学したいことを伝えました。 そして、今年の冬のオーストラリア合宿の際に再会し、ボートの件を相談したところ、 写真のボートがあるということで、譲っていただきました。 このステッカーのモチーフは「黒い桜吹雪」です。
このデザインに込められた意味は、「桜吹雪とは散る一瞬一瞬に人を感動させるもの。 そんな桜吹雪のように一瞬一瞬に人を惹きつけるような、そんな漕ぎがしたい。 そして、私の桜は黒。桜とは本来鮮やかな桜色。 今はまだ黒だけど、それを色鮮やかな桜色に染められるように日々練習したい。」 ということです。 すでに渡欧1ヶ月が過ぎようとしています。 1年間という長いようで短いこの時間を「世界」という大きな目標に向かって進んでいきますので、 応援よろしくお願いします。 |