新企画『法学部教員によるリレー連載』をスタートします。一般の方にも読みやすいコラムを定期的に公開していきます。第1弾は、学部長の吉田恒雄教授です。
いま、子ども虐待という言葉を聞かない日はないといっていいくらい、子ども虐待の問題は拡がり、深刻化しています。児童相談所という虐待を扱う機関に寄せられる相談件数は、1年間で4万件を超えています。親の虐待で死亡する子どもは、多い年で年間50人を超えます。まさに1週間に1人の子どもの命が虐待で奪われていることになります。
子どもの虐待は、体に対する暴力(身体的虐待)、言葉による暴力(心理的虐待)、性的虐待、子どもの保護をしない・拒否(ネグレクト)に分類されます。しかし、実際には子ども虐待は、これらが複合的に行われることが少なくありません(暴力を伴う性虐待、食事を与えずに言葉の暴力を繰り返すなど)。
なぜこうした虐待が起こってしまうのでしょうか? なぜ自分の子どもを殺すほどのことをしてしまうのでしょうか? 虐待の原因は、一言でいえば「ストレス」にあると言ってよいでしょう。子どもが親の言うことをきかず、いつまでも大きな声で泣き続ければ、イライラしてもおかしくありません。だからといって、こうしたときに誰もが虐待をするわけではありません。虐待は、さまざまな原因が重なり合って生じるのです。子どもが泣き止まないのに、誰にも相談する人がいなかったり、子どもを泣き止ますことができないなどを責められたりすれば、そのイライラはさらに募ります。これに加えて、サラ金などの借金に苦しんでいたり、夫からの離婚話が持ち上がったりすれば、母親はどんどん追い詰められていきます。そうしたなかで、徐々に子どもを育てる意欲が失われたり、自分の怒りが子どもに向けられ、虐待に発展してしまうことが少なくありません。その他、親自身が病気で苦しんでいたり、子どもの病気などで育てるのが難しいことも虐待の原因になります。
それでは、こうした虐待を防ぐにはどのようにしたらよいのでしょうか?
まず必要なのは、私たちが子育てに関心をもつこと、子育てのたいへんさに共感することです。電車のなかで子どもが泣いていても非難するような態度で接することなく、暖かく親を見守りたいものです。また近所で子育てに困っている親がいたら、やさしく声をかけたり、相談にのることも大切です。このような思いやりのある社会にすることで、私たち一人ひとりが虐待の防止をすることができるのです。こうした社会であれば、親が安心して子育てを楽しむことができます。
もちろん虐待への対応も重要です。たとえば、望まない妊娠をしてしまった人に対しては、出産とその後の相談・援助、生活保護等による経済的支援のほか、昼間だけでも子育てのしんどさから解放するために保育所の利用を勧めたり、適切な子育て環境を用意するために住宅を用意するなども重要な支援です。子育てに悩んでいる人には、保健センターや家庭児童相談室による育児相談のほか、民間機関(たとえば、子どもの虐待防止センターなど)も専門の相談を受け付けています。しかし残念ながら、これらの方法では虐待された子どものいのちや安全を守れない場合もあります。こうしたケースでは、子どもを親元から離さざるをえません。これは、親にとってはたいへんつらいことですし、子どもにとっては親という一番大切な人を失うという、子どもの一生を左右しかねない重大な事柄です。ですから児童相談所は慎重に判断をして親子分離を決定します。こうした子どもたちは、児童養護施設や乳児院などの児童福祉施設で生活したり、里親さんのもとで育てられることになります。そこで子どもたちは虐待で受けた体や心のキズを癒し、毎日を過ごし成長していきます。これらの子どもの多くはその後家庭に引き取られ、再び親とともに生活することになります。しかし、なかには家庭に戻れないまま、施設や里親さんのもとでの生活を続け、その後(多くは18歳で)施設を出て自立していきます。とはいえ、18歳で親もなく、自分ひとりの力で生きていくのは簡単ではありません。これらの子どもたちには、仕事や生活の場を確保するのはもちろんのこと、気軽に相談できる人や仲間、さらには自立に失敗したときのやり直しの手助けも必要です。
以上のように子ども虐待の問題は、虐待が発生するのを予防する段階から、発生してしまった虐待が深刻化するのを防止し、さらには虐待により心身にキズを受けた子どもの保護と自立といったように、一貫した切れ目のない援助、総合的な支援が求められるのです。
近年、虐待という言葉が独り歩きし、育児をする母親が「自分も虐待をしてしまうのではないか」と不安をもつ傾向も見られます。虐待の問題は、虐待をしてしまった親をたんに責めたり、罰したりすることで解決することはできません。それよりもっと大切なことは、親が安心して楽しく子育てをすることができる社会を作ることです。そのためには、私たちが、よその子どもに関心をもって接したり、育児に困っている親にやさしい眼差しをむけるなど、身近なところで自分のできることをすることが必要なのではないでしょうか。
【参考文献】
川崎二三彦『児童虐待――現場からの提言』(岩波新書、2006年)
才村純『図表でわかる子ども虐待』(明石書店、2008年)
森田ゆり『子どもへの性的虐待』(岩波新書、2008年)