11.06.25
法学部専任教員によるリレー連載、第21弾は黒田基樹准教授です。
日本の戦国時代というと、昨今は「戦国時代ブーム」といわれているほど、多くの人々が関心を寄せている時代です。その背景には、戦国武将を題材にしたゲームやテレビドラマの影響があるようです。しかしそれらはあくまでも作り物、現代人による想像の産物であり、むしろ現代感覚によって描かれた幻想にすぎません。
では戦国時代とはどのような時代であったのでしょうか。現代とは異なる特徴について、大きく3点ほどあげることにしましょう。一つ目は、飢餓が日常化していたことです。食料の収穫のない冬から春にかけてしばしば飢餓になり、飢餓が原因の病気などで少なからぬ人々が、毎年命をおとしていたと考えられています。そのため人々にとっての課題は、何よりも生き残ることでした。
二つ目は、自力救済の社会であったことです。何事も問題の解決は、自らの実力によって解決する、その解決のためには武力の行使は当たり前でした。戦国時代の人々は、武士だけでなく百姓という一般民衆も大小の刀を差し(帯刀)、すべての人々が武装していました。武装している者同士が争えば、必ずといってよいほど殺傷が生じます。
三つ目は、個人は個人として社会的に存在しておらず、何らかの集団に属し、その集団が社会における主体であったことです。個人の行動はただちに集団の行動として表れ、また相手方からも同様に理解されました。そして一般の人々の大半が所属していたのが、村という組織・集団でした。生き残りのための共同体として村をつくり、隣接する村と、生活・生産資源(かんがい用水や燃料用の薪、肥料用の草など)の確保をめぐって、日常的に戦争を展開していました。
戦国時代とは、いわば民衆が主体となった戦争が日常的に繰り広げられていた時代だったのです。戦争をしていたのは何も武将に限られなかったのです。現代の日本では、戦争の主体は国家に限られ、個人も社会的主体として存在していますから、ちょっと想像できないほど大きな違いがありました。
そして15世紀から16世紀を通じて、戦争を克服し、17世紀になると200年以上におよぶ平和な社会を築きます。その原動力は、民衆の武力行使の自己規制にありましたが、具体的な過程や結果について述べる余裕はなくなったので、それは私の講義(「歴史学」)のお楽しみにしたいと思います。それまで待てない、という方は、著書『百姓から見た戦国大名』(ちくま新書)や編書『戦国大名』(別冊太陽)を御覧になってみて下さい。
第20回 「震災と政治(2)阪神・淡路大震災と政治」(成田憲彦教授)
第19回 「情報法は決して目新しい学問ではない」(辻 雄一郎准教授)
第18回 「震災と政治(1)関東大震災と政治」(成田憲彦教授)
第17回 「株式会社の暴走をいかに防止するか?」(菊田秀雄准教授)
第16回 「成人年齢の引き下げ(18歳成人)と民法(1)」(上河内 千香子准教授)
第15回 「『デジタル人間』と『生身の人間』-あなたの個人情報はこう使われていた」(宮下紘准教授)
第14回 「インサイダー取引禁止はどのような者におよぶか?」(王子田 誠教授)
第13回 「鉄の時代を生き抜く―文学だって面白い」(海老澤 豊教授)
第12回 「裁判員制度について」(堀田周吾准教授)
第11回 「法律は「弱者」を守れないのか?」(草地未紀講師)
第10回 「イマヌエル・カント」(福田二郎教授)
第9回 「「本の王国」とブックタウン運動」(熊田俊郎教授)
第8回 「「フレセキュリティ」(flexicurity)と「フレシキュオリティ」(flexsecquality)」(石田信平講師)
第7回 「時効とは?」(竹内俊雄教授)
第6回 「刑事政策について」(米山哲夫教授)
第5回 「鳩山新政権と政治学」(西川敏之教授)
第4回 「証明責任・証明妨害 ― 神判に起源?」(太田幸夫教授)
第3回 「経済に関する法の直面している問題」(大録英一教授)
第2回 「私の憲法研究」(「北原仁教授)
第1回 「子ども虐待の防止――私たちにできること」(吉田恒雄教授)