10.11.27
講義の一風景(Vol.14) 吉田 恒雄 教授(法制審議会 児童虐待防止関連親権制度部会委員)

●なぜ民法を改正するのか?
親からの虐待を理由に保護され、児童養護施設で生活している子どもが病気にかかり、病院に入院しなければならなくなったのですが、離れて暮らす親が手術の必要性を認めないため、子どもに手術を受けさせることができません。子どもの医療はどうしたらよいのでしょうか? 虐待した親の判断に従うべきでしょうか?それとも施設の責任者(施設長)の考えに沿って手術をしてもよいのでしょうか?
現在(2010年10月)、このような問題をめぐって、法務省法制審議会「児童虐待防止関連親権制度部会」で民法のうち、子ども虐待に関連する親権・後見部分の見直しが行われています。
近年、子ども虐待の対応件数が増加し、子どもをめぐる親と児童相談所、児童福祉施設との間で厳しい対立関係が生じることが少なくありません。しかし、いまの民法や児童福祉法、児童虐待防止法の枠組みでは、虐待された子どもをめぐる対立を適切に扱うことが難しく、新しい法制度が必要になったことが見直しの背景にあります。
子ども虐待と親権の問題は、民法だけでなく、児童福祉法や児童虐待防止法にも関連しますので、厚生労働省の社会保障審議会児童部会でも検討が始まっています。
●どのようなことを議論しているのか?
虐待する親が、子どもに対してもっている権利(これを親権といいます)を思うがままに振りかざし、子どもの権利を侵害している場合、現在の民法の制度では、親権全体を無期限に剥奪することができます。しかし、日常の子どもの世話にはなんら問題がないにもかかわらず、親自身の信念から子どもに必要な医療を受けさせなかったり、教育を認めなかったりするケースでは、親権を一時的にストップさせ、または一部分だけ制限すれば足りるはずです。いまの親権剥奪制度は、親権を全部剥奪するという重大な効果を伴うため、判断する裁判所も慎重になり、児童相談所などの関係機関にとっても使い勝手が悪い制度になっています。そこで子ども虐待のケースでは、個々の事情に応じて柔軟に対応できるようにするため、「親権の一時・一部制限」の制度が検討されています。
さらに、懲戒権という権利が親権の一部とされていますが、虐待する親の中には、自分の虐待行為を正当化するために、民法で認められた懲戒権を振りかざす親もいます。そうした主張を封じるために、懲戒権の規定を廃止してはどうか、という検討もしています。そのほか、親権の理念を示す規定を設けることや未成年者の保護制度としての「未成年後見」制度の見直しなども行われています。
●なにが問題なのか?
議論の焦点は、たくさんありますが、そのうちとくに重要なのは、「家庭の問題に国家がどこまで介入できるか?」といった問題です。
たとえば、高校生が携帯電話を持ちたいのに親が許してくれないといったときに、こうした問題を裁判所に持ち出すことは適当でしょうか? しかし、高校を卒業し、児童福祉施設を出た未成年の子が就職し、自立するために携帯電話が必要であるにもかかわらず、親がそれを許可しない場合はどうでしょうか? 携帯電話をもつ必要性はずいぶん違いますね? こうした問題を適切に扱うには、どのようにすべきでしょうか?
今回の民法の見直しでは、子どもの権利の尊重、国民の法意識への配慮、現行法体系との整合性など、さまざまな要素を考慮しながら検討が進められています。さらに、子どもの権利をめぐる行政と司法の役割や、国家と家庭の関係なども考慮しなければなりません。法律の改正作業は、改正の目標を追求しながら実現の可能性も念頭に入れ、個々の場面を想定しながら一般に使える制度を作る、というデリケートな作業ですので、さまざまな意見の調整が必要になってきます。
●今後の見通し
現在の予定では、来年の2月には審議を終えて、報告書を法務大臣に提出し、それをもとに来年の通常国会で民法の改正法案が審議される予定です。国会では、法案をめぐってさまざまな議論がなされることと思います。皆さんも、法改正や国会という遠いところの話としてではなく、自分の生活に直接関わる問題として、この民法改正に注目していただければと思います。
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