10.05.28
法学部専任教員によるリレー連載、第13弾は海老澤 豊教授です。
古来、西洋の詩には二つの役割があるとされてきました。ひとつは読者を教え導くことで、詩の作りかたや恋愛のしかたを具体的に説くマニュアルのような役割です。日本の詩ではまずお目にかかったことのないジャンルですね。もうひとつの役割は、美しい自然描写や悲しい恋物語によって読者を楽しませることです。こちらは皆さんにも分かりやすいでしょう。小説が生まれたのは十八世紀になってからで、それ以前には詩が文学の主流だったのです。
この二つの役割をあわせ持った作品は数多くありますが、今日は古代ローマの詩人ウェルギリウスが書いた『農耕詩』(のうこうし)についてお話しましょう。題名からして不思議な感じがしますが、これは田園における労働(穀物の栽培法、家畜の育成法、果樹の栽培法、蜜蜂の育成法)に関する具体的な知識を読者に授けようとして書かれた詩です。たとえば、天気の変化を予知する方法、害虫を退治する方法、挿し木で果樹を増やす方法などが、詩の形式で説明されます。これが「教訓」と呼ばれる、ひとつ目の役割です。

また『農耕詩』には、イタリアの自然や住民や産物のすばらしさを歌い上げる「イタリア讃歌」と呼ばれる部分があります。他にも牝牛をめぐって二頭の牡牛が戦う場面や、麦をすっかりダメにしてしまう暴風雨の描写、天才音楽家オルフェウスが竪琴の見事な演奏で冥界の王プルートを説得して亡き妻エウリデーケを帰してもらう物語(オルフェウスは地上に着くまで後ろを振り返るなという約束を破ったために、妻は再び冥界に引き戻されてしまいましたが)など、読者を楽しませる(悲しませる)エピソードも描かれています。

『農耕詩』の根底にはある歴史観が潜んでいます。かつて黄金時代と呼ばれた時代に、人間は豊かな自然に恵まれて、辛い労働をする必要もなく、幸福に暮らしていました。しかし、時が経って白銀の時代、青銅の時代に変わるにつれて、人々は互いに争うようになり、自然も人間にとって友好的ではなくなっていきます。そして、鉄の時代に入ると、人間は苦しい労働をしなければ食物が得られなくなり、醜い争いごとが日常茶飯事になってしまいました。
『農耕詩』は鉄の時代において人間がどのように生きるべきかを主題にした作品です。黄金時代への憧れは尽きることがありませんが、農夫たちは厳しい風雨に悩まされ、戦争によって作物を台無しにされ、伝染病によって家畜をすっかり失ってしまいます。しかし、彼らは決して挫けることなく、また麦を植え、牛を増やし、地道な労働を毎日続けていきます。鉄の時代を生き抜くためには、他に手段はないからです。
二千年も前に書かれた作品が、現代に生きる我々読者の胸を打つのは、黄金時代がいつか復活するだろうと念じながら、人間が強い意志と勤勉な労働によって日々を生き抜いていくさまにあります。決して読みやすくはありませんが、挑戦してみますか?
第12回 「裁判員制度について」(堀田周吾准教授)
第11回 「法律は「弱者」を守れないのか?」(草地未紀講師)
第10回 「イマヌエル・カント」(福田二郎教授)
第9回 「「本の王国」とブックタウン運動」(熊田俊郎教授)
第8回 「「フレセキュリティ」(flexicurity)と「フレシキュオリティ」(flexsecquality)」(石田信平講師)
第7回 「時効とは?」(竹内俊雄教授)
第6回 「刑事政策について」(米山哲夫教授)
第5回 「鳩山新政権と政治学」(西川敏之教授)
第4回 「証明責任・証明妨害 ― 神判に起源?」(太田幸夫教授)
第3回 「経済に関する法の直面している問題」(大録英一教授)
第2回 「私の憲法研究」(「北原仁教授)
第1回 「子ども虐待の防止――私たちにできること」(吉田恒雄教授)