法学部

09.12.16

【法学部】講義の一風景(Vol.3)‐「『つぶしの利く法学部』の復権」(長谷川裕寿准教授)

「講義の一風景」(Vol.3)‐長谷川裕寿准教授

 「この学説からは論理的にこうなるはず。あの学説からは論理的にああなるはず。」といった具合に、刑法を素材としながら、各自「頭の体操」ができる(物事を論理的に考えることができる)ようになることが、私の講義の究極の目標である。

 刑法で取り扱う事例はマスコミのおかげ(!)もあって、比較的イメージがわきやすい。ところが、刑法「学」の講義となると、なかなかそうもいっていられない。学問である以上、致し方ないのだが、「なんだ、そういうことね」という実感を少しでも持てなければ、講義はたちまち〈拷問〉となる。知っての通り、我が憲法では苦役や拷問を禁ずることが高らかに謳われているのだから、講義を〈単なる〉拷問とするわけにはいかない。

 そのため、講義の進め方にも、私なりの工夫を凝らしている。
① 当日取り扱う問題点(これを論点というが)を最初にはっきりと言及し板書する。
② その問題点に関連した事例をイラスト化して図示する。視覚化社会におけるイメージ作りは、極めて有用である。
③ 解説に先立ち、事例の結論を学生に予想してもらう。個別に指名することはないが、想定される結論をいくつか挙げ、自分のフィーリングに合う選択肢に挙手してもらう。
④ 問題点について裁判所はどう判断し(判例)、また学者はどのように考えているか(学説)を日常用語で(なるべく専門用語を使わずに)解説する。
⑤ 解説終了後、もう一度、講義冒頭の事例に戻り、判例や学説それぞれの考え方からどのような結論が「論理的に」導かれるはずなのかを、私が解答する。ときには学生が挙手して解答してくれるのは頼もしい限りである。
⑥ 最後に、各自で事前に立てた予想と一致した/一致しなかったことを確認し、単なるフ ィーリングを理論武装できるよう考え直す。
 
 ①から⑥(私のいう、いわゆる「頭の体操」である)を一年間繰り返すと、いやでも「考える頭」が作り上げられている(はず!)。

 これが、世間から、付き合いづらいと煙ったがれる「へりくつ人間」の原型なのかもしれないが、私は、どんな場面でも筋道を立てて考えることのできる人材、すなわち「つぶしのきく法学部生」が誕生する瞬間なのではないかと信ずる。

ページの先頭へ